Sanctuary

- 嵩 -


 「喪われた記憶」 Music By 海月堂様






「Blue」         七地の色。

「Green」         七地の色。

「Yellow」         二人の色。

「Pink」         2人の色。

「Brown」         七地の色。

「Black」         闇己の色。

「Red」         あの日の色。



「White」         世界の色。





□■□






白い壁。

スチール剥き出しのベッド。
白いシーツ。
白い毛布。
白いチェスト。
白い椅子。
白いマグカップ。
白いシャツ。

白い…白い空間。



天井近くに穿たれた窓。
鏡の前の1輪の花。
そして……白い世界の住人達。







「…このままでいいわけないだろっっ!」

凄まじい怒声が屋敷中を駆け巡った。
今まで生きてきた中で1番最悪の憤りを感じている俺にとってはそんな事構いやしない。
とにかく……この状況を打破しないと……。



維鉄谷、布椎本家。

大広間では一党の最たる縁者達が雁首揃えて黙り込んでいた。
……大半の者達が『たった今明かされた真実』に打ちのめされている。


「どうしてこんな事になった?何故…俺が知らないんだ?申し開きできるなら言ってみやがれっっ」

普段なら間違ってもそんな口のきき方などしない相手に向かって噛み付く。

「 …………… 」

「黙ってちゃわかんねーんだよ。宗主は誰だ?俺じゃねーのか?」
「…間違いなく貴方が宗主です」

悲痛な面持ちでやっと口を開いたのは…脩さん。
以前は本家に出入り禁止扱いされるほど疎まれていたが、俺が…宗主となってからは右腕になってもらっていたのに……。

「最大の裏切りだな。俺だけじゃなく、一党全てのものに対する"挑戦"だ」
「謹んでそのお言葉を頂戴します」
「開き直ってんじゃねーよ。そんな言葉が聞きたいんじゃねーのわかってんだろ?何とか言え!!」


真っ直ぐ見つめる。決して視線を逸らさない。
理由なしにこんな酷い事をするわけない事位俺にだってわかってるから……脩さんの瞳から真意を読み取りたかった。



長い…長い沈黙。
一進一退の攻防を繰り広げる俺達の緊張がピークに達した時…脩さんが折れた。

何かを覚悟したようだ。
両手を膝の上で握り締め、キッと強い視線で俺を見つめ返した。





「言い訳だと思ってくださって構いません。私は"私の主観"で真意を述べますから…」

「どーいう意味だ?」

「言葉通りです。本当の"真意"など誰にもわからないのだから…あの2人以外には」

「わかんねーよ。脩さんの言いたい事が」

「今はわからなくてもいいのです…話を、聞いてください」


居住いを正すと、脩さんは迷う事なく言葉を紡いでいった…。


「3年前の出来事、忘れてしまった人はいないでしょうね…」





□■□






3年前、東京の布椎邸で起こった惨劇。
私は未だ鮮やかに思い出してしまう事が幾度もあります。
七地君と闇己が……心中未遂をしたあの日を。



「確かに"未遂"じゃなかったら…今ここにあの2人が存在する訳ねーな」



そうですね。
皆さんも覚えていらっしゃるでしょう。
あの2人の関係が…一党に知れ渡ってしまった時の事も。

私は薄々…気付いていたんですよ。2人の関係に。
それはある意味とても必然的な事だった…それ故に違和感を感じる事もありませんでした。
友、同性…全てを超越した場所で彼ら2人は繋がっていたから。



「鍛治師と巫覡…切っても切り離せない関係…だから俺達巫覡連はあいつらを素直に認められたんだ…」



そうですね。
皆さんはあの時2人の関係を全否定されました…宗主と私、布椎に属する巫覡達を除いて。

何故でしょう?
彼らはそんなに酷い事をしていたのですか?
求め合う心を抑える事など誰にもできないのに…。
若いから?身分が違うから?宗主だから?鍛治師だから?巫覡だから?
世間体、恥じ、外聞…建前だけの感情を彼らにぶつけた貴方達には判らなかった…嫌、判ろうとしなかった。



「ああ、そうだ…あんたらお歴々は仲を認めてもらおうと頭を下げつづける2人の想いを…踏み躙った。俺、無茶苦茶悔しくて…力のない自分が情けなくて…あの時から本腰入れて布椎について勉強し始めたんだ…」



そう…ですね。
亡くなった方を悪く言うのは義にもとると思いますが、敢えていいます。
稚国さんを筆頭に彼らを拒んだ貴方達の判断は間違っていました。
貴方達は布椎一党に名を連ねている目的を勘違いされていらっしゃる…あの頃からずっと。

我々は宗主の為にあるのです。
義縁者の契りを交わしたときにそう誓ったはずなのに…今はそれすらも忘れ去られてしまっている。
"布椎の恩恵を賜るかわり、一党・宗主に何かが起これば総力をあげてお力になる"

あの時の宗主は闇己です。
闇己の発言は一党の総意…。
しかしながら…宗主の実権を彼は持っていなかった…『宗主』という名は冠にすぎなかった。



「そうだな…俺の親父が…牛耳ってた」



辛そうな顔をなさらないでください。
息子ではあるにしろ今宗主である貴方に罪はないのですから。

そう…稚国さんが実質の布椎宗主だった。
あってはならない事実…それでも闇己は耐えました。
己の立場を嫌と言うほど理解していたから…。

前々宗主であった海潮さんの実子ではない事、負の巫覡であること…そういう現実を全て受け止めた上での宗主だと。
だから、敢えて闇己は何も言わなかった。言えなかったんだ。


それをいい事に…闇己の預かり知らぬ場所で暗躍を続ける人物が多すぎた…。
七地君が闇己と共にあることを認めてしまえば…バレる。


七地君は…皆さんも知っている通り聡明で真っ直ぐな人。
間違いを見ない振りなどできない。
迷い、悩んでも…確実に相手の懐に入り込んで懐柔してしまう不思議な力を持っていた。
そんな彼を快く思った人がこの中にどれだけいたんでしょうね。
"鍛治師"としての力は当てにしても、それ以外のものなど認めていなかった方が大半でしょう。

七地君は…心から闇己を尊敬し、愛していた。
闇己を貶める存在を見過ごす事などしなかったでしょうね。
貴方達は…それを恐れた。

闇己にしても然り。
巫覡としての力、彼自身から発せられる存在感は必要としても…彼自身が考えていた事などどうでもよかったのですよ。

だから…彼らを見殺しにした。
互いを引き離して逃げ場をなくし追い詰めた。



「…俺、何とかあいつらの手助けしたくて連絡役かってでた。布椎のガード掻い潜るのキツかったけど、何とか七地の元に辿り着いたと思ったら…」



貴方には辛い役目を背負わせてしまったと…以前闇己が言ってました。
そう…貴方が七地君に伝えた最初で最後の伝言が…あの事件へと繋がった。

包囲網を突破して辿り着いた闇己の離れで…七地君は神剣によって闇己と命を絶とうとしたんです。



「あの時…俺は見た。あいつらは…」



亡くなっていなかったんですよ。
私がそう仕組みました…2人のたっての願いで。
瀕死の状態でしたが、闇己は私の存在を確認するとはっきり言いました。
『もう…俺達は死んだから…』と。

涙が止まりませんでした。
微笑みながら呟く闇己を、彼の胸の中で安らかな笑みを浮かべる七地君を…放っては置けなかった。


…後は私の一存で全てを動かしました。
布椎の息のかかっていない病院に搬送し、彼らの命を無理矢理繋ぎ止めた。
稚国さんは私の行動に激怒しましたが、そんな事はもう関係なかった。

逆に…私は稚国さんを脅しましたよ。
『貴方達の罪は必ず暴かれる』と……。


それ以降、布椎側は闇己と七地君の存在を消去しました。
稚国さんが私の申し出を受けたからです。



「じゃ、親父はこの事実を知っていたのかっっ!」



はい…しかしお父上を責めないで下さい。
私が口止めをしたのです。
誰に邪魔されることもなく、誰に憚る事なく2人が2人であれるようにと慮っての事。

それが…今、この現実を生み出したのです。





3ヶ月…闇己と七地君が完治するまで3ヶ月かかりました。
その間、それは幸せそうに生活していましたよ。
しかし……



「何だよ?ここまで言ったなら最後まで話してくれよ…修さん」



……闇己の精神は現実に耐えられなくなっていました。
自分の信じるものを全て否定されてしまった辛さが、彼の精神を壊し始めたのです。

記憶が…出来なくなってしまったのです。



「どういう…意味?」



新たに幸せを刻みつけようとしても…出来なくなってしまった。
今そこにある現実=七地君と共有する時間だけが、闇己の中の現実でしかなかったから。
闇己の中には過去に幸せだった記憶は存在します。
しかし、これから…作られていくはずの記憶は今そこにあるものしか認めなくなった。



「だから…毎日同じ事を繰り返すってのか?どうなんだよ?」



その通りです。
闇己は一番強い欲求を求め、日々その目的を達成させるために繰り返す。
毎日、毎日…。


七地君は今ほど闇己の状況が酷くないうちにわずかな変化を感じ取った。
その時に…私に申し出たのです。 『2人だけの世界をください』と…。


私は…拒めなかった。
こんな状況を作り出してしまった一端は、間違いなく自分にもあるのだから。
それで…彼らが救えるのならと…。

本当は私が救われたのですがね。
苦渋を抱えつづける私を…2人で救ってくれた。
彼らの希望を満たす事で、少しでも私の中の贖罪の気持ちを満たす為に。


白い世界は闇己の願いでした。
他には何もない…七地君だけが存在する世界。
彼だけが…闇己の彩りになるからと。



彼らの面倒は直接私が看ていました。
それも2人たっての願い。
日々記憶が出来なくなる闇己を七地君は受け止めつづけた…。
最初の2年はまだ良かった…。
でも、この半年…とうとう七地君まで…記憶を止めて置けなくなってきてしまった。



1日の大半は睡眠…闇己が訪れる時間になると彼は目を覚まします。
繰り返される白い世界の日常に…七地君も現実しか受け止められなくなってしまったのです。


一昨日の夜…七地君は私に言いました。 『これ以上…おれまで壊れてしまう前に…新しい世界に連れて行って欲しい』と。


「それって…」



…これ以上、私の口から申しあげられる事はありません。
貴方宛に手紙を預かってきました。
……受け取ってあげて…ください……。





□■□






俺は…2人の願いを聞き届けなければいけない。
現布椎宗主なのだから。
自分の尻は自分で拭うしかないんだ…。


神剣を握り締め、俺もまた…
白い世界の住人となる。







嵩くんへ。


ビックリしたんだろうね。
本当は死んじゃっているはずなんだからさ。
でも、現実におれ達は生きている…2人だけの世界で。

でもね…そろそろ新しい世界が見てみたくなったんだ。
この世界ではもう…満たされなくなってきたから。


君には辛い想いばかりさせてしまうけど…赦して欲しい。
今現在の布椎宗主だと脩さんから聞いたんだ。

おれ達を新しい世界に送り出してくれるきっかけをもたらしてくれるのは…君以外に頼めない。


最後の願いです。
草薙を………この手に。












chapunの言い訳

糸やなぎ様から頂いた 777番キリリクの続きです。

謎解きを脩さんにお願いしてしまいました。(苦笑)
嵩ちゃんも頑張ってます。泣きっぱなしだけど。(爆)

次で終わり!
このまま七地編までGO ====33

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