Sanctuary

- 七地 -


 「喪われた記憶」 Music By 海月堂様






「Blue」         生まれた場所。

「Green」       出逢った場所。

「Yellow」       優しい場所。

「Pink」         彷徨う場所。

「Brown」       懐かしい場所。

「Black」        1人の場所。

「Red」         忘れたい場所……。



「White」         赦される場所。





□■□






白い壁。

スチール剥き出しのベッド。
白いシーツ。
白い毛布。
白いチェスト。
白い椅子。
白いマグカップ。
白いシャツ。

白い…白い空間。



天井近くに穿たれた窓。
鏡の前の1輪の花。
そして……白い世界の住人。







目が覚めてしまった。
…という事は、待ち焦がれた人が訪れる前触れ。

白いドアの向こう側に君の気配…。
閉ざされた空間に一条の光が差し込む。


『待ったか?』


照れ臭そうに微笑みながらこの世界の住人になる君。


「ずっーと…待ってた」


素肌に毛布だけを纏った体。
動き難いけどそのまま彼の元に走り寄ると、思い切り顔を胸に埋めこむ。
いつも優しく抱きとめてくれるんだ。

遠い昔に "子犬みたいだな" って言われてから、何度も繰り返す儀式みたいなもの。


『覚える為?』
「そう。刻み付ける為」


どんなに些細なものでも、この瞬間の君を刻み付けておきたいんだ。
1人でいても寂しくないように、君に会えるまで涙を流さないように…。
"匂い"は最も有効な鎖のうちの1つだから。


君は手近にあった椅子に腰掛けると、そのままおれを膝の上に乗せてくれる。
満足そうに微笑んで、今度は首筋に顔を埋めて思い切り深呼吸…。


「君の匂い…優しいお日さまの色」
『…あんたにやるよ』


そう言って着ていたシャツをおもむろに脱ぐと、おれに羽織らせてくれる。
白い…シャツ。
もう何枚貰ったのか……覚えていない。


「ありがとう…君に包まれてるよ…」


切なさに押し潰されそうになる。
君にとっては初めてのプレゼントなのだから。

素直に喜びを表すよう、クスクス笑いながら贈るのは小さなキス。
羽毛が触れるような、柔らかい口付け。

知っているのか?忘れてしまったのか?思い出せないのか……。
愛しさを募らせてくれる君の姿だけは変わらないなんてね。
溢れる想いを隠そうとして、無意識に逸らされる視線が痛いよ…。

おれもまた…知らないフリをするんだ…。







『もう1つ、土産だ』


小さな紙袋から取り出されるのは一輪の花。
この"世界"に存在する"貴重な色"。


「 ………… 」


また…思い出させたいの?
もう、おれは全てを君に預けているのに。

"1つになりたい"と、"2人きりの世界へ行こう"と…神剣に互いの体を貫かせたあの日。
おれたちは確かに1つになれた。

それでも…2人きりの世界に旅立たせてはもらえなかったね。

脩さんの優しさ故の延命。
本人が手放した命を無理矢理繋ぎ止め、引き伸ばされた命は……
こうしてこの世界で生きる為に与えられたモノ。

壊れ始めた君とおれが進んで入った世界のはずなのに…。


苛つきを押える事ができなくて、その花を君から奪い取ってしまう。

膝の上から飛びのき無言のまま、鏡の前の一輪挿しに投げ入れた。


『俺の思いの全て……』
「だからっっ……痛い」


必死に涙を堪える。
確かに、君の想いの全てなのかもしれない。
それは…この瞬間だけに存在する。

君の全てが欲しいのにね……欲張りな感情は、我慢できないんだよ。
持て余した心は、少しずつ壊れていく。

悔し涙を流してしまった。
静かに歩み寄り目尻に口唇を当ててくれる…零れる雫を受け止める為に。


「ごめんね…おれ……」
『あやまるな…何も…言えなくなるだろ…』
「言ってよ…今、この場所だけ。この世界だけは……赦してくれるんだから」
『七地…』







きつく抱き締められた。呼吸も間々ならないほど強く。
繋ぎ止め、拘束される…。


おれの存在すべてを抱き締めるように、繋ぎとめるように。


『俺だけのもの……』


『そう…君だけのもの』


ゆっくりと重なる影
シャツ1枚を通して感じる体温はやけに低くて…痛々しい。

それでも……欲しいものは欲しいから。
今なら…君に思う存分貪られる事ができるから……。

おれの渇く事ない涙が君の思考を絡めとってゆくのがわかる。
いつもと違う君の表情にも。


視界の端に……萎れかけた薔薇を認めてしまったんだね。







望まれるまま与え、君からも存分に与えられた。
泣きつかれて眠りに落ちようとする意識を必死に手繰り寄せ、白い世界を後にする君を静かに見送る。

後ろ手にドアを閉める君。
ズルズルと崩れ落ちるような音が、1人残された世界にも響いた。

何時から壊れてしまったんだろう?
望んでこの世界に飛び込んだはずなのに…今はただ、君に苦痛を与える存在にしかなれないなんて。

おれと過す時間しか記憶に残せない君。
それも…会うたびに塗り替えられていく"偽り"の記憶。
繰り返される『非日常』が、君の精神を壊してしまった。

幸せは…確かに存在するのに、おれたちはそれすら理解できないほど壊れているんだね。





ここ半年、おれにも君と同じような症状が現れているんだ。

君に会えない時間はひたすら眠りつづけている。
君が訪れる時間に近づくと自然と目が覚め、体は君の来訪に備える。
でもね…心が伴わなくて。

時計もカレンダーもここには存在するのに、理解できないんだよ。
何時君に会ったのか、何時君が帰ったのか…わからない。
どの記憶が本物で、どの記憶が偽りなのか……忘れてしまった。





萎れかけた薔薇を見つけてしまった君。
今までは無反応だったのに、今日は明らかに動揺しているのが感じられた。
もしかしたら……少しは思い出してくれたのかもしれないね。


この世界の意味を
君とおれが繋がりつづける意味を………。




重い体を無理矢理起こす。
白いドアの向こう側…感じる君の気配。

ベッドの下には……草薙。
おれの最後の願いを聞き届け、おれたちの境遇を嘆いて……先日嵩くんが持ってきてくれた。


「君の記憶が少しでも確かなうちに……」





"もう一度、2人の世界へ……"






聖域が聖域ではなくなる瞬間。
ドアの外も…白い世界。










chapunの言い訳

糸やなぎ様、ごめんなさい〜!!m(_ _)m

"愛のある監禁"というリクだったのに、イマイチ2人の愛が感じられなくなってしまいましたっっ(吐血)

私の中では一応『2人の間の根底には愛があるのよ!!(開き直り)』というつもりで書いたのですが…気が付けば こんな形に。(自爆)


返品&ゴミ箱行き即時OKですっっ。
御希望なら愛のある最終回、もう1つ書きますっっ。(号泣)

感想・苦情は電信にて受け取らせていただきます。m(_ _)m



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このワンポイント素材は M's Gallery様 からお借りしてます。