恋セヨ乙女 4 - 七地 17歳 - |
彼の家から自転車で5・6分のマンション。 私はそこに1人で住んでいた。 家族はいない。 幼い頃に亡くなったと父方の叔母から聞いている。 余りに私が小さすぎた為、記憶の中に父と母の顔はない。残された数少ない写真だけが唯一の顔だった。 幸いな事なのか…私が成人するまで苦労はしない程度に遺産を残してくれていた両親。 中学生までは叔母が私の面倒を見ていてくれたが、高校進学と同時にこれ以上お世話になりつづけるのも気が引けて独立したのだ。 それでも私の事を心から心配してくれる叔母にほだされて、叔母所有のマンションの一室を借りる事になった。 小さな1DKの部屋。1人住まいにはそれでも広すぎる。 誰もいないのに『ただいま』と声をかけてしまうのはいつからだろう? 無意識に寂しさを紛らわせる為の行為。 荷物を降ろすとソファーに腰を埋める。子供用の1人掛けソファー。 小さく丸まって、何かにしがみついていないと孤独に飲み込まれてしまいそうになるからだ。 瞳を閉じて思い浮かべるのは彼。布椎闇己。 出会ってから間もないというのに…どこか懐かしさすら感じてしまう。 その理由が知りたい。 何か含みのあるような物言いをした彼。 綺麗だけど寂しそうな彼。 頭の中を彼の美しい微笑みが駆け回る。 「なんだかなー。どうしてこんなに気になるんだろう?」 考えても答えは出てこない。それどころか余計にグルグルしてしまう。 彼に怒られたまま3日が経ってしまった。 きちんと謝る事も弁解する事も出来ていない。 それよりも、このままグルグル考えているのが辛かった。 明日も学校に来ないかもしれない。 彼にとってはどうでもいい事なのかもしれない。 でも…私にとってはとても重要な事。 この気持ちを知りたい。 胸に抱えた思いの答えを出したい。 時計は…午後7時。帰ってきたのが4時ごろだったから優に3時間は考えていた事になる。 制服から私服に着替えて、晩御飯を作りお腹一杯食べる。 後片付けをして少しゆっくりしたら…10時。 彼は帰ってきているだろうか?会える保証は無いけど我慢できなかった。 会えなくてもいいから、君を近くに感じていたかったから。 気が付くと自転車に飛び乗っていた。 大きなお屋敷の前。 彼が飛び降りてきた辺りで自転車を降りる。 今にも降り出しそうな雨雲に覆われた空。昼間なら綺麗な木々が今は闇に閉ざされて黒く蠢いて見える。 塀を見上げてみた所で彼が現れるわけでもなく。 それでも…5分、10分、20分…。 思わず空笑いしてしまう。 彼ならきっと見つけてくれるような気がしたから。 根拠なんて何もない。 湿った夜空も私の行動に呆れたようだ。 とうとう雨が降り出したから。 あっという間に土砂降り。視界は1Mあるかないか。 眼鏡も曇り、自転車をまともに漕ぐ自信がない。(苦笑) 「何やってるんだかな〜、私」 諦めるというよりも帰らざるを得ない状況。 全身ずぶ濡れになりながら自宅に向かって方向転換をしようとした時。 「こんな所で何やってるんだよっっ」 雨音にも負けない力強い声がした。 胸の奥底まで響いてくる声…彼だ。 慌てて駆け寄る姿はびしっと決まったスーツ。背後には黒塗りの大きな車。 出先から帰宅したばかりで私を発見してしまったようだ。 濡れそぼる私に向かって傘を差し出す。 「今日はこのまま帰るとか言わせないからな。黙ってついてこい。いいな?」 有無を言わさぬ剣幕で言い放つと、自分が濡れてしまうのも構わず私の自転車を門の中まで運んでいってしまった。 驚きのあまりぼーっと彼の姿を見つめる事しか出来ない私。 いつまでも動かない私に痺れを切らして再び駆け寄ると、いきなり右手を掴んで強制連行した。 純和風の造りの家。 大きな引き戸の玄関を勢いよく開く彼。待ち構えていた先日のお手伝いさんからバスタオルを受け取ると、私の頭から被せた。 「全く…こんなに濡れて。風邪でも引いたらどうするんだ?」 未だ呆然としている私の髪の雫を拭い始めた彼。そこでやっと我に返った。 「うわ!だ、大丈夫だよ。自分で出来るから」 恥ずかしさから彼の手を払いのけてしまう。心配してやってくれていたというのに。 そんな不躾な私を怒る事なく、彼はもう一枚バスタオルを受け取ると黙って自分の身体を拭い始めた。 黙って水滴を拭いつづける2人。 タオルが水分を吸いきれなくなった頃、ようやく彼が再び口を開いた。 「ほら、上がれ。身体が冷え切って青い顔してる。風呂入っていけ」 「はい?」 「言葉の通りだ。木村さん、彼女に湯の支度をしてやってください」 「かしこまりました」 言いたい事だけ言うと、彼は靴下を脱いで家の奥へと入っていってしまった。 このまま帰ったら二度と口を聞いて貰えないような気がしたので、渋々風呂場へ案内してもらう。 総桧の贅沢な湯船に浸かって、やっと人心地ついた。 自分の浅はかさから彼やその周りの人に迷惑をかけてしまっている自分が情けなくなってきた。 素直に学校で話しをすればこんな事にならなくて済んだのに…。 今更後悔してもしょうがない。既にやってしまったのだから。 逆に考えればせっかく手に入れたチャンス。 きちんと迷惑をかけてしまった人達に謝って、それから彼にも謝る。 本来考えていた方法とはかなり違ってしまったけど、目的は同じ。 自分の脳味噌がおめでたい作りをしている事にある意味感謝しつつ、ゆっくりと豪華なお風呂を堪能した。 十分温まってから風呂場を出ると、私の着替えと思しき服が綺麗に畳んで並べてあった。 黒のスウェットの上下。サイズからすると…彼のかな? ちょっと恥ずかしかったけど、私が着ていた服は乾かすためか既にそこにはなく…素直に着る。 びっくりしたのは…下着。 笑っちゃう程ずぶ濡れだった為、言わずもがな下着まで見事に水没。 "こればっかりはしょうがないかな?"と思っていたのに…真新しい白いショーツが並んでいた。 これは誰のだ?その前に私の下着は? ぐるぐる考えていたら、脱衣所の外から声が掛けられた。 「おい…風呂、大丈夫か?」 うひゃ〜!彼だっっ。 慌ててタオルを身体に巻きつける…別に入って来る訳ないのに。(苦笑) 「な、何?」 「結構時間かかてるから倒れてたら洒落にならないと思って…問題ないならいい」 慌てて遠ざかる足音。 どうやら彼も照れていたようだ。(笑) それにしても、細やかな気配り出来る人なんだな。姿形だけじゃなく、心も綺麗な人。 そんな人がこの世に存在する事に驚いてしまう。 でも、実際に目の前にいるわけで…。 なんだか面白かった。 用意された服に袖を通すと風呂場を後にした。 続
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