奏 3   カナデ 3   





夢を見ていた。


煌煌と燃え盛る炎に向かって拳を振り上げては何かを打ちつける。

止まる事を知らないかのように動きつづける腕は、必死で「何か」を生み出そうとしている。

それは…1振りの太刀。

叩き降ろす槌が綺羅星のような火花を生み、打たれた鉄は次第に己の本性を露にする。

力強さと粘り、猛る情念を内に秘めて…

カン カン カン---ジュゥー

打ちあがったばかりの太刀を水に沈めると…それが建御雷だと判った。

打ちあげたのは…おれ?

一頻り眺めると、徐に振り返る。

粗末な小屋の入り口に立つ人影を捉えた。何かを語りかけているけれど聞くことが出来ない。

立ち上がり其の太刀を手渡した相手は…

彼に良く似た、幼さの残る面立ちのひと。

一際優しく、その気性とは裏腹な音を建御雷が奏でた………





……誰かの怒鳴り声が聞こえる。

良く知っている、そしてとても愛しい声だ。

朦朧とする意識の中、確認できることはこの程度。
鉛でもぶら下げているかの様に重い目蓋を何とか抉じ開けた。
一瞬の躊躇の後、そこが見慣れた天井だと理解した。

闇己くんの離れの天井。只、自分がここにいる理由が判らないけど。
武道場で演武会を観覧していて、それからどうしたんだっけ?
えーと、確か共鳴りが起こって……

「お!七地。気が付いたか?」
声の主は嵩くんだった。
おれは静かに頷いた。

「凄い共鳴りが起きたの…覚えてるか?」
もう1度頷いてみせる。

「そっか。お前あの後即効倒れたんだぜ?俺すんげー焦ったよ、全く。闇己とやっこ姉の慌て様、見せてやりたかったくらいだぜ。」
苦笑しながら言う。

「ごめんね…心配掛けちゃって。でも、もう大丈夫だから。ありがとね嵩くん」
謝るおれに照れくさそうに笑ってくれた。

「まぁ、七地が復活したんならいいってことよ。ちょっくら闇己呼んで来るわ」
言葉を残し、部屋を後にする。


正直いうと今は闇己くんに会いたくなかった。
「何故?」「どうして?」と尋ねる彼に答えられる理由が無かったから。
多分、無理なハードスケジュールが祟って倒れたんだと思う。
そのスケジュールを組んでしまった自分に対する言い訳ができない。
何て答えればいい?
「君がすきだから」と?
言える訳ないよ…おれはもの凄くズルくて臆病だから。

ほら、もう拒否されてしまった後の事しか考えられないもの。
今までの様に隣りにいる事ができない。
それどころかおれの存在自体を拒否されちゃうかも。


それが1番辛い。

彼は"赦せないひと"だから…

おれの本心を知ってしまった時、

それを「丸抱え」するか「全ての拒否」のどちらかしか選べない…

闇己くんはそういうひと。

ポジティブシンキングなんか出来ない位、それが現実。


結局おれは一番最低な行動を取る事しかできないんだ。

そう、ここから逃げ出す事しか……





そっと布団から、部屋から抜け出す。
ふらふらする足取りのまま、とにかくここから離れる事だけ考えていた。

靴も履かず玄関を出た時、再びあの音が体中を包んだ……

「神剣が呼んでるの?」

その時点で逃げ出す事など出来なかった。神剣はおれを呼んでいると直感したから。


何も考えず音の方へ只管近づいて行った。
誰もいない道場へと歩み寄る。もちろん入り口が開いている筈がないのにも関わらず、引き戸に手を掛けた。

スーッ

何の抵抗もなく開いてしまった事に違和感も覚えず中へと踏み入った。
静寂に包まれた道場の中、建御雷だけが静かな燐光を放っている。

神前に置かれた建御雷に手を伸ばす。

触れた瞬間、例え様もなく優しい奏でが心に響いた。

その音は、さっきまどろみの中で聞いた音と一緒だった…

「お前……慰めてくれてるの?」
おれの問いに答える様かすかな光を放った。

フラッシュバックの様な光の洪水がおれを包む。


『…この太刀をお前に…マナシ…』


「マ…ナシ?」

おれが造り上げた太刀を携えた…闇己くんに良く似た人。

建御雷は尚も鳴り響く。

おれ以外の誰かを探すように、呼びかけるように…
自然、足が動いていた。

確認したかった。建御雷が呼ぶ己の"使い手"を。


月明かりの下、携えた太刀に導かれ歩を進める。

薄闇の中…おれにだけ見える愛しい輝きに向かって………





「---七地?」

あぁ、やっぱり君だったんだね…闇己くん。建御雷の輝きも1段と増したよ?

今までに味わった事のない至福に包まれたのは一瞬…彼女も"赦せないひと"なんだ…

何かに慄き、微かに震える寧子ちゃんも視界に捕らえた。

「こんな所でなにやってんだっっ。---どうして建御雷を持っている」
怒りと困惑が同居する瞳に射すくめられる。

「うん、呼ばれたんだ。建御雷がおれを呼んでた」
信じられないような話をすらすらと口走る。真実だからしょうがないけど。

「七地さん、部屋にもどりましょう…顔色が悪いわ…」
さっきまでの悪意はうそのように消え去り、ただ深い哀しみだけが彼女を彩っていた。

「…まだ、戻れない。」
どうしてそんな事を言ってしまったのか理解できない。言葉はおれの意思に反して紡がれていく…

何時の間にか人垣ができている。屋敷中に待機していた人達に囲まれているらしい。

「まあ、神剣泥棒に間違われても仕方ないか」


鞘から建御雷を引き抜く。

月光を浴びて本来の輝きを取り戻したように見えた。

「誰が"神剣泥棒"だ?お前が眠っている間もずっと呼びつづけてたぞ…建御雷だけじゃない。維夫谷の水蛇もな」

迦具土も?……

うれしかった。おれは鍛治師かもしれない。

これで心置きなく闇己くんの隣りにいられる……無理かな?


布椎一党と関わりを持つようになってから、自分の存在意義を見出せずにいた。

"鍛治師"と呼んでくれる闇己くんの心が嬉しく思えると同時に苦痛も感じていた。

おれを友として扱ってくれるには余りあるほどの処遇。立てる必要の無い波風を立たせ、彼の重荷になる…。

ただ、明らかな"証し"が欲しかったんだ。

何の迷いも持たず、ただ只管彼の傍に寄り添いつづける為の"証し"が……

でも、それって本当は1番哀しい"証し"なんだって建御雷が教えてくれた。


赦せない人達。いづれおれの存在が彼らの壁になる…鍛治師は唯一巫覡の"魂"を焼くことの出来る存在だから。

夕香、嵩くん、寧子ちゃん、闇己くん…そしてまだ見ぬ巫覡達…愛しい人の命を摘み取る。


「おれ…鍛治師かなぁ?寧子ちゃん?」
何故か寧子に聞いてみたかった。
闇己くんを信じてないわけじゃないけど、今の彼女なら冷静に判断してくれると思ったから。

「…七地さんは…私たちの…鍛治師です…」
涙を流す彼女を見て心から安心できた…もう、大丈夫だね?

「ありがとう、寧子ちゃん…泣きそうな位うれしいよ」
神剣を逆手に握る。

「おい…七地。何してるんだよっっ」
嵩くんの叱責が響く。

「うん?建御雷を返すんだ…本来の持ち主にね…」
闇己くんの方に向き直る。





抱え込むには重過ぎる。

愛しくて、喰らい尽くしたいほど求める人を殺めるかもしれない己を許せない。

一緒に歩んでいこうと思った道は余りに険しく、立ち尽くす事すら出来ない。

おれが生み出した"半身"に命を預ける美しい巫覡。

残酷で、限りなく甘美な夢…夢ならどれほど救われただろう。

それでも止め処なく現実はおれを蝕み、壊していくんだ……





何故そう口走ったのかわからない。

ただ、有りの侭にそう呟いていた…


『この太刀を…君のために…マナシ…』


寧子ちゃんの悲鳴が轟く。

何が起きたんだろう---自分でもわからない。

ただ、下腹に業火のような熱さだけを感じる。

ぺたりと膝がくずれた。


「な、なち…」

おれを受け止めてくれた闇己くんの声が耳元で聞こえた。

「へ、へ…君たちの"魂"は焼きたくないな…なんてね……っつぅ」
意識が朦朧としてきた。

喉の奥から何かが込み上げてくる。

今のうちに伝えておかないと…もう、話せないよね?

「何してんだよっ、お前は!」
漆黒の瞳が涙で潤んでる。

「泣いて…くれるんだ…うれしい…な…」

「馬鹿野郎!何でこんな事…」

「ごめん…おれって…卑怯だから…寧子…ちゃん…」
途切れそうな意識のなかで必死に伝えるべき言葉を探す。

「もう…赦して…あげても…いいでしょ…」

彼女の後悔の念が痛いほど伝わってくる。
ただ持て余すばかりの思いを誰かにぶつけてしまいたかっただけなんだよね?
たまたまそれがおれだっただけなんだ。ほんの少しの戯れ。
おれは弱くって、受け止めてあげられるほど大人じゃなかったから、彼女はもの凄く傷ついてる。
"おれを傷つけた"事に、心から血涙を流している。そんな自分を責めないで欲しい…自分だけは赦してあげて欲しかった。

「どうして、どうしてそこまで優しくできるのっっ」
泣き叫ぶ彼女。いつもの寧子ちゃんだ。もう囚われない。

「へへ…」
1番言いたい事が言えそうに無いなぁ……困った……
自然、苦笑していたらしい。

「何笑ってんだよっ!何とか言え!!」

やっぱり最後まで怒られっ放しかー。

こんな状況でなきゃ己の胸の内を吐露できないなんて…呆れちゃうね?

伝わったのか判らない。

それでも今しか言えなかったから。

卑怯者だと罵られてもいい。

掠れた声で囁く。





「キミガ…スキダヨ…」



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