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- tie it up -





どいつもこいつも…何だって言うんだ。



七地の憤りは止まる事を知らなかった。
普段大人しいだけに、1度切れてしまうと手が付けられない…その正に典型。



勝手に人の事を決めつけて、勝手に言い争って。
俺は俺だ。誰にも指図なんか受けない。
いいように闇己に弄ばれるのも、横暴に扱われるのも、それは俺の意思が「良い」とみなしているから。
目の前の綺麗な子にほんのわずかばかり心を揺り動かされるのだって俺の意思。

それを…無い物のように扱われるのだけは我慢ならなかった。
例え相手が闇己であろうとも。いや、相手が闇己だったから余計に…か。

どんな些細な我侭でも聞いてしまいたい。他の誰でもない自分にだけ向けられる物だと思いたい。
だからこそ無茶な呼び出しにも平然と応じるし、闇己が求める物ならなんでも与えたかったのに。

そんな七地の思いを、闇己は全く持って理解していない。たった今突きつけられた現実によって七地は理解する。

ただ闇己の我侭に、七地は己の意思など関係なく付き従っていると思い込んでいる。
仕方なく付き合っていると、己が暴君となって従わせている程度に。

「…ふざけるな…」

俺はそこまで割り切れる程大人じゃない。
自分の意思を全て殺してしまえる程…ただ愛しい人に付き従う事なんか出来ない。

間近で闇己の気配を感じれば、彼の匂いを鼻腔にほんの少しでも捕らえてしまえば…男の象徴が反応してしまうほどに、闇己を求めている。

"気が付いて?"と、何度も声にして叫んでしまいたかった。
けれど、そんな事が出来るはずもなく。

目の前に立ちはだかる巨大な壁。
家柄だとか、環境だとか、年下だとか、同性だとか…くだらないといえばくだらない。
ちらつく寧子の影だって、別に始終監視されている訳ではないのだから関係ないと言える。

だけど…いざ口に出そうとすれば、発せられる筈の言葉と思いは喉の奥にくぐもってしまう。
抱える想いとは裏腹に憶病な自分。
"これが現実(リアル)"とばかりに顔を顰めるしかないのだ…かなり意気地なし。

だからこそ、もう1人の自分が嘲笑う。





"何、常識人ぶってビビッてるの?男を好きだって認めた時点でこれ以上ビビる事ってなかったんじゃないっけ?"

"そうだけど…だけど、怖いんだからしょうがないだろ?"

"ふーん。告った後に拒否されるのにビビってる訳か。やっぱりちゃんちゃらおかしいね"

"え…?"

"だってそうだろ?闇己はお前に意思があるって認めてないんだぜ?自分のいいように動く程度に捉えてるんだ。思い知らせるいいチャンスだろ?"

"っっ………!"

"別にいいじゃん。どっちにしろ限界みたいだし。どうせなら全部ぶちまけてから終わりにしちゃえば?ってか、終わりにできないだろうけど。鍛冶師として必要とされる状況は、神剣が全部揃うまで続くだろうからね"





………耳元で囁く甘い誘惑。
堪えていたモノを解放しろと、解放した後でも、続くであろう闇己との関係があるのだから我慢する必要はないと。

普段の七地を知る者から見ればありえないであろう刹那的な発想。しかしこれもまた七地なのだ。
真実、そう思っている自分を否定など出来ない。

いつの間にか降り出した雨が全身を濡らしていた。
轟く雷鳴に一瞬肩を竦めると、目の前にあった軒下に七地は潜り込んだ。
ポケットから取り出したハンカチまでもがずぶ濡れで、まったく本来の利用価値を失っていた。
ここまで濡れ鼠になるほど己の思考の中に埋まりきっていたのかと、改めて思う。
それほどもう1人の自分が囁く声は甘いのかと…。

打ち付ける雨の激しさで視界5Mもない世界は、なんだかとても居心地がよかった。
他には何もない。自分と、自分が抱える思いしか存在しない世界。

なのに…みつけてしまった他の存在。
ほんの少し離れた所。
洪水のような雨を全身に浴びながら、捨てられた子犬のように視線を投げかけている…闇己。

泣いているような、縋るような視線を、ただただ七地に注いでいた。

…………そんな姿が………無性に疎ましくて。










□■□










無言のまま闇己の腕を手に取り、無言のまま闇雲に七地は突き進んだ。
2人して全身濡れ鼠。拾ってくれるタクシーなどあるはずもない。

見知った道をひたすら目指し歩く。
辿り着けば、慣れ親しんだ道程を目的の場所まで進むのみ。
会話なんかいらない。
打ち付ける雨音が、怒り狂うように天に轟く雷鳴が言葉なんか掻き消してしまうのだし。

そんな七地の様子に、闇己も声などかけられるはずもなく。



激しい後悔が闇己を苛んでいた。

急に入った公務の為、せっかくの七地との約束を危うく反故にしてしまう所だった。

七地に連絡を入れ遅れる旨を伝えるが、いつものように「気にしないで」と素っ気無くも温かな言葉が闇己を包んだ…朝一番の出来事。

そのままとっとと公務を終わらせるべく向かった出先で、思いがけず時間を取られて…約束の時間を過ぎてしまう。
何度か携帯に連絡を入れたが、焦っていたせいか番号非通知だった事にすら気が付かなかった。

『非通知の電話には絶対でない』

日頃から事在る毎に言われ、実際非通知の番号には例え知り合いからであろうとも絶対に着信ボタンを押さない事を闇己は知っていたのに。

結局3時間も連絡の取れないまま七地を放置し、呆れられてその場にいないであろう事を感じながらも向かった待ち合わせ場所に七地を見つけた時は、泣きそうな程嬉しかったのに。

目の前で知らない女達と楽しそうに微笑みあう七地を視界に留めてしまったら…いてもたってもいられなかった。

別に七地を責める気持ちなどなくて。
勝手にちょっかいを出していた馬鹿女達をただただ七地から遠ざけたかっただけで。

しかし、それが激しく横暴な態度である事も事実で。

本当なら愛想を尽かして帰ってしまっていても文句など言えない。
3時間も炎天下で待ち続けて、我慢の限界に達して逆ナンパされたのを機にどこへ行った所で闇己が怒り出す事など許されない筈なのに。

それでも…視界に留めてしまったのならどうにもできないのだ。
それほど七地に捕らわれている闇己がいるのだから。

声を大にして叫びたい感情…でも、それをする事は許されない。
いや、自分が許さないのだ。

求められる苦痛を、闇己は嫌という程体感していたから。
"布椎の宗主"として、本来望んでなどいない自分を一党に与え続けなければならない重荷。
求められるまま、"そうあるべきだ"という怨念にも似た幻想の姿を体現しなければ…闇己の存在は無い者として扱われるであろう現実。

だから…自分だけは求める者になりたくなかったのに。
実際は貪欲に七地を求め、理不尽なまでに束縛しようとする。
我侭が横暴へと変化し、横暴から束縛へ。
己のエゴで、七地を自分以外の何もかもから隔離したかった。

七地を繋ぎとめられるのは自分だけだ…心底そう感じたかったのだ。

そのくせ、欲しいモノは欲しいと言えない。
ただのガキの我侭だとわかりきっているのに憶病すぎて。

痛い現実(リアル)ばかりで、息つく暇もなかったのに。
降って沸いたような奇跡。
それを…なくしてしまうような事だけは、死んでもしたくなくて。

持余した思いが、目の前につきつけられた瞬間が…ついさっきの暴言。
余りにも捕らわれすぎて、溢れる想いを理性で抑える事なんかできなくて。
想いに捕らわれるまま、感じるままに吐き出した言葉の凶器が…七地を傷つけた。

もう…許してもらえないかもしれない。
それでも、許しを請う事しか自分には出来ない。
七地を失う事など想像出来ないから。
七地のいない世界など…存在する価値すらないのだから。



黙々と歩き続ける七地の背中をただ追う事しか闇己には出来なかった。
声をかける隙など、七地の背中から感じ取る事など出来なかったし。

いつの間にか降り出した雨は、あっという間に豪雨となって2人を容赦なく濡らして行く。
七地はそれすらも気付いていない様子で。
濡れ鼠になりながら、変わらず歩き続けた。

ふと、目の前の軒下に潜り込む七地を目にしても…闇己は声をかける事が出来ない。
視界5Mの世界。必至に目を眇めて何とか七地を見つめるが…視線の先の七地は何も見ていないのがありありと感じられたから。
捨てられた子犬のように"見捨てないで"と、必至に言葉無く訴える事しか許されなかった。

七地から視線を逸らす事は出来ない。
"俺に気付いて"と、ただただ祈るように見つめていたら…何も言わず腕を取られた。
そのまま一直線に歩き出す七地。

拒む事など出来る訳もなく。
従うまま連れてこられたのは、知識としてその存在を知っているだけの場所。

慣れた手つきで空き部屋を確認し、ボタンを押す七地。
"カタン"と、小さな音を立てて足元の小さなボックスに落ちてきた鍵を手にすると、そのままエレベータへと進む。
ボタンを押すと音も無く開く扉。
躊躇なく七地は入ると、無言で闇己を促す。

微かなモーター音だけが響く。
永遠のようで一瞬の時間が過ぎ、目的の階へと2人を吐き出すエレベーター。

ちらっと部屋番号を確認して、七地は闇己の存在を忘れたかのようにドアの中へと消えていった。
選択の余地はない。

震える指でノブを掴むと、何かを堪えるように闇己も部屋の中へと消えた。









chapunの言い訳

キリのいい所でぶったぎりました。^^;
まぁ、両思い設定じゃないとここから先が続かないので…一応そうなってます。(鬱

ついでに言いますと、次の章は確実に「裏」行きです。
それもカナーリ痛い&エロいはず!!_| ̄|○|||

読み続けられる気力・体力をお持ちの乙女のみ…UPまで少々お待ちくださいませ。(;´Д`)


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