響 2   ヒビキ 2    






結局、同じ過ちを繰り返す……七地を呼び出す口実を見つけた。

あいつが一番嫌がる方法でしか繋ぎ止めて置けない己の不甲斐無さ。苛立ちを覚えようが、どうにも出来ない。

きっと七地はやって来る…断る事など出来ないのを承知の上での愚行。

そんなあいつを視界に収めてその場凌ぎに欲望を満たす俺…あいつを傷つける度、この掌に握るモノはカラカラと音を立てて崩れていくというのに……


布椎神道流の演武会が間近に迫っていた。

取り分けて七地を呼び出す必要性は無い。興味本位で七地から赴くのはまだしも、"鍛治師"として呼び出すのであれば七地にとって苦痛を伴うモノになる。

参加者の中には七地の存在を利用しようとする者、それにも増して快く思わない者もいる…俺の力が至らないばかりに……

それでも溢れ出る欲求を抑える術は無く、書状を認めた。





当日になっても七地からの返答は無かったが、逆に安堵する。

無理なら無理と言うはず……連絡が来ないのは参加の意思がある証拠。
浮き足立つ己を必至に押さえ込み、冷静を装う。

一昨昨日から寧子が東京に出てきていた。

「神剣の共鳴りが変わった」と言う。確かに1月近く共鳴りは起こり続けていたが、俺にはその様な変化は感じ取れなかった。

寧子も立派な巫覡である。それなりに"見えざるもの"を感知する能力には長けているが、俺ほどずば抜けている訳ではないのだ。

「祝寝でも見たのか?」と問い質してみても返答は無い…いつもと変わらない態度を装ってはいるが、何かに対して頑なな印象を受けた。
片親とは言え血を分けた姉弟…これ以上詰問したところで答える筈がないのは熟知している。

とりあえずそれ以上の詮索は後回しにした……その為に取り返しのつかない事態を招くとはこの時知る余地もなかったから。





…七地の気配を感じる。

それは冬間に時折差し込む柔らかな日差しのように感じられ…最寄駅に降り立った頃から俺だけにわかる道標。

ただし…いつも感じられる様な眩しさは影を潜め、一際くすんでいるようだった。近づいてくるに従ってそれはより強く感じられる様になるのだが---

門の辺りに佇む七地の気配は…精彩を欠いているどころか病んでいるとしか思えない。


出来るだけ冷静に、何事もなかったように振舞おうと静かに歩み出したその時………

己の目を疑った。

七地の肩に両腕を回しこむ寧子と…静かにそれを受け入れる七地の姿。


"裏切られた"と勝手に怒り狂う己と、選ばれなかった哀しみとで泣き叫ぶ己。

持て余した思いから逃げ出すようにその場から離れる。


そう言うことか…1人納得する。

もともと七地は寧子に気があった筈だ。寧子だって特別な感情があったかどうかは別として七地に対して悪感情を持っていたとは思えない…それどころか気に入っていた。

維夫谷で…

俺が席を外している間に何らかのコンタクトがあった。そして…現在に至るって事。


いつの間にか笑い出していた。

1人、道化のように空回りしていたのだ。

端から七地に思いを伝えようと思っていたわけではないし、もしかしたらあいつの心の動きに気付かないようにしていたのかもしれない。


喜ばしい事なのだ。

一族の者と鍛治師との確固たる繋がりが築けるチャンスなのだから。

宗主としての俺にとっては祝いこそすれ、咎めるべき事ではない……


「祝うべきなのに……」

強固に拒もうとする己。

悔しくて

哀しくて

寂しくて

……許せない





自分をコントロールできなかった。

冷静さを欠いたまま道場へと赴く。

己の中の闇を押さえ込む事だけに意識を向ける。
こんな場所で暴発させる事だけは出来ないのだ。


一礼をし、用意された己の席へと座り込む…となりには七地。

視線を合わせる事は無かったが、面変わりする程やつれた七地を確認して怒りは頂点に達した。

(そんなになるまで寧子の事を思っていたのか?)


演武会が始まった。

響き渡る気合と白刃が切り裂く空気で、場内は静かな興奮に満ちていた。


言うつもりの無いはずの言葉が勝手に口唇から零れる…

「…寧子とはいつからなのか?」
静かな怒りを含む俺の問いに答えは無い。

「宗主、模範演武を…」
門下の者の呼び声と共に立ち上がる。

「今度は黙りか?」
捨て台詞を残して演武場に踏み入る。


抑えきれない怒りが刀に伝わる。

殺気を帯びたそれは最早宗主の演武ではなく、己の怒りをぶつける為の捌け口と化していた…

七地の呟きを耳に捕らえたような気がした。

「七地?」





ビィィィィィィィン





爆発的な音量の共鳴りが起こった。

「神剣が鳴ってる…」

場内の人々の動きが一瞬にして止まる。中には何が起こったのか判らない者もいるみたいだが、大半の門下生はこの変化に気付いてる。
神剣の「共鳴り」を聞ける人は限られている。それでも布椎一党の者ならば何かしら感じられるはず……と言うよりこの「共鳴り」自体が尋常ではなかった。

「共鳴り」は神剣同士が近くにある時、互いが呼応する様に起きるのが常。少なくとも今まではそうだったが、ここ1月余りはそれが当てはまらなかった。
それにしても、今目前で起きているものは全く異質だった。神剣同士が呼応すると言うより、何か別のものに対して呼びかけている気がする。それは………

「おい、七地っっ。お前どうしたんだ?この共鳴りは尋常じゃない。何か心あたりでも…」

俺が叫びを挙げ七地に詰め寄ると



「何もない…よ……」

その一言を呟いた後、七地は意識を失い俺の腕の中に倒れこんだ。





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