花散里で逢いましょう 3
- 2日目 京都 午前 -


「くれなゐ」 music by VAGRANCY様







あんな風に想いを寄せてくれているのは
私が「男」だからで……






花曇り…正にそんな日。
朝食を頂いてから、相変わらず見続けているのは桜。

『一時でも見ていたくない』そう思っている心とは裏腹に、視線を逸らす事が出来ないのだ。



1年前のあの日知った真実。
失踪していたとばかり思っていた叔父と叔母の変わり果てた姿。

何時の間にかすれ違い交わる事のなくなってしまった想いを、生まれ持った美しさを…この櫻に残していった。
叔母の持つ艶やかさと、叔父の持つ清廉さを違和感なく兼ね備えた姿。

2人共とても綺麗な人だった。

昨晩、徳彦さんが見せてくれた古いアルバム。
残された写真に寄り添う、幸せそうな笑顔。
永遠に続くかのような『まぼろし』…。

現実は皮肉なもので。


「どこで…すれ違っちゃったの?ねぇ、邦生叔父さん…」


呟いてみても、返ってくる答えなどないけど、それでも知りたかった。





生まれた頃から「叔父にそっくりだ」と言われ続けてきた。
姿形、何気なく小首をかしげる姿まで生き写しのように。

唯一違う事は…性別。

父は叔父を心底大切に思っていたようだ。

『幼い頃空襲で亡くなった祖父に代わり祖母と一緒に育て上げた、弟というより息子に近い存在』

いつかそんな事を言っていた記憶がある。
昔を懐かしみながら、とても幸せそうな表情で。

その言葉を聞いてしまった時、何故か私は「代わりにならなければ」と思ってしまった。

何かにつけて私を叔父のように可愛がる父の姿が…どこか痛ましかったから。
そんな時の父は心の中に大きな穴が空いているようにも見えたから。

母・夕香・私…平凡だけど、そこそこ幸せな家庭。
父も、不満ではなかったと思う。
けれど…心底満たされていないという心がひしひしと伝わってきたのだ。

私を可愛がる度に。
私の姿に叔父の面影を見つける度に。
私に叔父の姿を投影していたから…。



7歳の誕生日の日、私はそれまで背中の中ほどまで伸ばしていた髪をごっそり切り落とした。
言うまでもなく…叔父として、「邦生」として生きるために。

私に出来る、父へのせめてもの「なぐさめ」だった。
そして、私の中に「邦生」を求め続ける父への当て付け…。

女の子なのに「健生(たけお)」という名前。
消えてしまった叔父の名から1文字、「二度と消える事などないように、健やかに育つように」という「健」の1文字。
強い願いが込められているのは理解できるが、やるせない。

私は?
私「健生」としての存在は?
私を見て!ここにいるから!



願いは…未だ届いていないようで。



それからだ。男の子のように振舞うようになったのは。
それまでも特別女の子女の子していた訳じゃなかったけれど、明らかに私は変わって行った。

髪の毛はいつもショート。肩につく長さに伸ばした事は1度も無い。
スカートなんてもっての外。身体の線が判らないようなたっぷりとした大きさのTシャツやトレーナーにズボン。
色も青や黄色、茶色や白。
男の子と一緒に泥に塗れて遊び、友達のほぼ全てが男の子でもあった。

第二次成長の時、すくすく伸びていく身長とは裏腹に小さな膨らみのままの胸。
喜ぶべきなのか?哀しむべきなのか?複雑な心境だった事を未だに覚えている。

高校に入った頃はどこからみても立派な「男の子」。
だけど、声変わりなどする筈もなく、顔はやはり女の子故の幼さが残っていて。
彼氏を作るというより、一方的に女の子に好意を持たれるような事も。

しかしこの年頃になってしまうとすっかり馴染んできてしまった感もあり、今更女の子に戻ろうとも思えなかった。
大学に入ってからは、もう開き直って「ほぼ男」で通ってしまっている。
真実を知る人は極少数で、その少数の中に江馬さんは入る訳だ。



こんな中途半端な私を疎ましく思う人もいる…夕香だ。
家族として、姉妹として、同じ「女」として、その全てに納得がいかないと私を責め立てる。

「こんな恥ずかしい事しないでよっ!!」

大きな声で泣かれた事も…。

その度に返す言葉は『ごめんね』。
これが私の精一杯だったと、自分を守る為にはこれしか選べなかったと…心の中で呟きながら。



いつまでもこんな事が続けられる訳がない事は理解していた。
見かけは「男」でも、心の中まで「男」にはなりきれない自分がいる事を痛感していたから。
あともう少しだけ。
せめて大学を卒業するまで…それまでに父さんが気付いてくれるように。私の心が大人になれますように。
ある種の賭け。

今更思うのは…ここまで意固地にならなければ良かったのにと、そればかり。





彼に出会ってしまった。
美しい、神に愛された巫覡。

維鉄谷の禁域の中で目撃してしまった秘儀。
目の前で繰り広げられた、現実とは思えないような現実。

命を狩る者が抱える壮絶なまでの痛み・哀しみ・焦燥・絶望。
命を狩られる者が切望する「生」への執着。

極限状態の中身体中を駆け巡った感情は、「偽り」であると人は言う。

確かにそうなのかもしれない。
死を目前にした人が一番に望む事、即ち「生の継承=生殖活動の渇望」。
偽りの恋愛感情に目覚めてしまうのだと。

私もそうだとばかり思っていた。
「あれは偶然なんだ。あんな状況に置かれたからこそ、芽生えた感情なのだ」と。

しかし偶然も重なれば「真実」へと摩り替わる事があるという事を失念していた。



1年前。
今いる正にこの場所。

さっさと成仏してしまった叔父を求め、黄泉路に旅立つ事も出来ず現世を彷徨っていた叔母…小夜子さんの念に襲われたあの日。
私は再び「命を狩られる者」となった。

そうなる事を事前に予測し、わざわざ京都まで赴いてきていた彼。

父殺しを行ってからまだ1月。
不安定な心を押し隠し、時には己の行った事実に押し潰されそうになりながらも追いかけてきてくれた。
その意味を、私はどんな風に感じてた?

違える事のない「祝寝」の見せた、そう遠くない未来。
起こるべくして起きた事。
それでも…信じる事が出来なくて。
彼の目的が、彼の心が。
彼が私を必要としているという事実、そんな単純な事さえ信じられなかった。

金縛りにあったように動かなくなる体。
「よくあることだ」と受け流そうとした途端、襲ってきた恐怖。
おぞましい姿の異形の者が差し伸べる腕に捕われそうになった瞬間…真実に気付く愚かさ。


くらき----------!!



「だから…"呼べ"と言っただろう…」


不敵な笑みを浮かべながら訪れる奇跡。





私を叔父と勘違いしてしまった哀しい女(ひと)。
行く当てもなく彷徨いながら滞り続けた「願い」は、たった20年で念へとなりかけていた。
昇華する以外他に道はなく、神剣を携えていない巫覡は己の持つ底知れぬ力を仮初の剣と共にまざまざと見せつけた。

布椎闇己の顔は消え
男でもなく
女でもない
無性の巫覡が…現れた。



強くて、美しくて…目眩がする。

気を纏うという事は神と交わるという事。
不可能を可能にしてしまう、神の愛し児である巫覡が私を必要としてくれる。
必要としてくれているんだ…。

求めていたものに巡り会ったような感覚が全身を駆け巡った。
「鍛治師」の意味なんてわからない。
けれど、私を私として必要としてくれているには違いない。
「邦生」ではなく「健生」として。





「それが…恋の始まりだったなんてね」


誰もいない虚空に向かって自嘲気味に微笑む。
もう、笑うしかないのだ。

彼は私を「男」として認識している。
自分の蒔いた種の為に。

そして…「男」とみなして私を「好き」だと…。





彼と共に歩んできた日々を記憶の中で辿っていった。








chapunの言い訳

乙女七地が「男」になってしまった真相究明編。
ちょっと可哀想な設定でしたかね?(苦笑)

自分が自分として見てもらえない現実。
ましてやそれが一番身近な人物から与えられるものだったら…私なら間違いなくやさぐれるでしょう。(爆)

それにしても…七地パパ、鬼だよ。(トホホ)
ごめんよ?こんな設定にしてしまってさ。他に良い案が思いつかなかった私のヘッポコ脳味噌の所為です。

まだまだ続くようです…。(自爆)




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