告白 (ツミトネガイ)

- 七地 -








情事の名残が残る身体を静かに起こす。

何も纏わない素肌には幾分寒さを感じて、脱ぎ捨てたままだったシャツを軽く羽織った。
都内にあるとは思えないほど広大な庭からは…微かに漂う梔子の匂い。



『もう……あれから1年経ったんだ』




□■□




思いがけない告白は…傍らで浅い眠りにつく愛しい人から齎されたもの。

『神剣を探す』

目的の為に同じ時間を共有するようになってから半年。
協力者として、友として…彼と過していく時間が長くなっていく度大きくなっていく想いがあった。

告げるつもりなど甚だなかった。
口にしてしまうには……大人になりすぎていた自分を知っていたから。
住む世界、環境、年齢差、性別…何を取っても吊り合う筈もなく、それ以前に『常識』という言い訳が邪魔をした。

追い討ちをかけるように…変わっていく君。
おれを『特別』にしてくれる君。
不器用ながら大切に、愛しんでくれる君が……怖かった。

初めて持つ友への友情を、どれ程求めても得られない『父』を、失う事を恐れて閉じ込めていた感情を…『恋』と錯覚している?

すれ違う想いに…歯噛みするのは目に見えていた。
そうして、本当はもの凄く繊細な君はそれに気付いてしまった時…哀しむ。

これ以上傷付く姿を見たくなかった…おれの為に傷付く事が赦せなかった。



それ程……君を愛していると気付いた時、それは訪れる。



あの時も…梔子は咲いていた。

次の神剣探しの打ち合わせに訪れた君の家。
咲き乱れる梔子の薫りに我慢できず、話が佳境を過ぎたのを見計らって飛び出した庭。
下弦の月が仄蒼い光を落とし、青白く浮かび上がる花が艶めいて見えた所為か。
咽返る匂いに包まれて、誘われるように寄せた口唇で…戯れに花弁を啄ばんでいた。

口中に広がる甘やかな匂いが思考を蝕んでいく。
背中越しに感じる君の気配は……切なさに彩られていて思わず振り仰ぐ。



視線が絡まった次の瞬間、君の腕の中に閉じ込められていた。



『この手に…あんたをこの手の中に……』



それ以上言葉に出来ない君は、抱き締める腕に力を込める事しかできなくて。
吐息が触れ合う距離。
逸らされる事のない瞳に……心は裸にされて。
閉じ込められたおれは困ったような顔しかできなかった。

君を受け入れる事はとても簡単。
おれ自身も望んでいたから。
それでも踏み出せずにいたのは……

いつか…そう、遠くない未来に終わってしまう関係だから。
1度手に入れた僥倖を自ら手放さなければならなくなる。
刹那的に満たされる心と、時が満ちた時に失うものとのギャップがおれを臆病にした。
そこまで君に執着している自分がおかしくて…困っていたんだ。



力強く拘束される身体。
迷う心を絡め取る強い視線。



駄目押しの…キス。



腕の強引さとは裏腹に重ねられた口唇は酷く冷たく、微かに震えていた…。
重ねられるだけの拙い口付け。
痛いほどの想いがおれの全身を駆け抜ける。
溢れ出した感情を止める術を…失った。



静かに回した腕。
おれの手の中にも君がいる。
刹那主義と罵られても弁解しない。
甘美な誘惑を、差し出された手を振り払う事など……
とっくの昔に出来なくなっていた事に気付かされた。



□■□




漆黒の髪が、指の間からさらさらと零れる。
何度も何度も感触を刻み付ける様に梳く。
眠る時だけ歳相応の顔になる君が愛しすぎて…こみ上げる透明の水。

この1年半で残す神剣は2本になった。
そう遠くない未来が……見え始めている。


『哀しむのは…最後でいい』


そう何度も自分に言い聞かせてきた。
傍らにあるだけで幸せだった。
これ以上望むものなどなかった…筈なのに。

共有する時が長くなるほど貪欲に求めたくなる。
在り得ない『時間』を夢見る。


『このまま…時間に取り残されたら…』


叶わぬ願いが…涙となって頬を滑り落ちた。
俯き、嗚咽を必死に耐える。



"おれを『天使のようだ』と君は言うけれど、本当は我儘で貪欲な堕天使なんだよ……"

胸の深い場所で何度も呟いた。



「……七地?」



ゆっくりと振り返る人。
切なげな視線を投げかけて、おれの名前を呼んでくれる。
おれの…全て。



差し出された腕に転がり込む。落ち着かないと…。
1つ深呼吸。
おれの想いに気付いたら…優しすぎる君はまた傷付く。

"布椎"という名も"宗主"という冠も取り去った、『闇己』の全てをおれの為に費やしてくれる。
限り在る時間を掻き集め、生き急ぐ様に求めてくれる。
それが…続くことのない現実を改めて突きつけるとは…君は知らない。



「こんな風に…1人で泣くなよ…」



愛する事が、愛される事がこんなにも切ないとは知らなかった。
君に…何もして挙げられない自分。
大切な時を無為にしてしまう気がして。

いっそのこと……今、離れられたら……

近い未来の別れを恐れ、現実の別れを望む。
理不尽な感情は梔子に捕らわれ、壊れていく。



これは罪。
大切な人たちを謀り、裏切った罰。
愛する人でさえ…。



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