告白 (スキマ)

- 闇己 -








さらさらと流れる髪の感触に……浅い眠りの褥から揺り起こされた。



まだ覚醒しきらない意識下、漆黒の己の髪を愛しげに弄ぶ恋人を背中越しに感じて……心底安堵を覚える。



古から延々と脈づく因習に捕らわれ、愛する人を自ら謀った狂気に身を切られた。
これ以上失いたくなくて…生まれて初めて請うた『願い』を持て余した。



『この手に……あんたをこの手の中に……』




氷のように軋み、音を立てる心。
無駄に足掻き、歪んだ氷塊は…端から欠けてさらさらと落ちていった。

そんな俺を静かに見守っていたあんたが……初めて、心から『困ったね』と苦笑しながらその両手に抱きとめてくれた時……

氷解した想いが溢れすぎて……幸せすぎる己に酔いしれ、切な過ぎる慟哭を零した。



あれから1年。
出逢えなかった日々を取り戻すかの様に、出逢えた僥倖を噛み締めるように……あんたを求め続けている。
公務と学業に追われる生活の中、唯一の安らぎ……。

あんたを取り巻くモノから隔離したい程求め、その全てに大声で『俺のもんだ!』と叫びたいのに……
宗主という冠だけが一人歩きして、己の力が未熟すぎて……何もかも隠す事を強いられている。
辛くない……筈はない。

街中で寄り添う恋人たちに向けて、時折儚い笑みを浮かべているあんたを……見落とす訳もなく。

悔しくて。
不甲斐無い己があんたにそんな顔をさせている事が腹立たしくて…
俯き、口唇を噛み締める俺に囁かれる言葉は……泣きたくなる程優しくて。



『ごめん…おれの為にそんな顔しないで。これ以上幸せになったら罰があたっちゃうよ』




天使の囀りだ。
その言葉に俺がどれ程救われ、癒されたか…あんたにはわからないだろ?
あんたに満たされた心がどんなに俺を強く支えているのか……あんたは知らない。

あんたの体と心に、隙間なくこの胸の内をぶつけたい。
なのに……巧く言葉が紡げなくて、想いばかりが先走って。
あんたを困らせてばかりいる。

言葉にできない想いを伝えるには……空気すら入り込めない程身体を繋ぐ術しか知らず。
稚拙な願いを受け入れるあんたは…困った顔をしながら黙って両手を広げる。
男としてのプライド、組み敷かれる羞恥……色々なものを抱えている筈なのに億尾にもださない。
しゃぶり尽すようにあんたを愛する俺を、底の見えない清浄な湖に沈めてくれる。



受け入れてくれる。与えてくれる。
俺を精一杯満たしてくれるのに……あんたは何も望まない。
求める俺…与えるあんた。
当たり前のように繰り返される。

…いつもそこで思考が止まる。
与えるだけ与えて、望まない。
いつか……あんたが与えてくれる全てのものが尽きてしまわないかと怯える俺。
その時が来てしまったら……





不意に髪を撫で続けていた指が止まる。
起きている事を悟られない様、細心の注意を払ったとき…
首筋に冷たい雫を感じた。



「………七地?」



ゆっくりと寝返りを打つ。
視界に収めたのは……切なげに微笑みながらも優しい目尻に涙を湛えた恋人の姿だった。



「どうして…泣いている」



零れ落ちる雫に口唇を寄せる。
顎から頬、眦へと拭いながら…嗚咽を噛み殺す身体をそっと抱き締めた。

涙に震える体は白く、細い。今にも消えてしまいそうな儚さを感じて…思わず腕に力を込めてしまった。

「こんな風に…1人で泣くなよ…」

気の利いた言葉を口にする事などできない。
それほど七地の涙は俺の心を乱す。
それは『幸福』だったり、『絶望』だったり…どんな理由の涙でも俺にとっては致命傷になるのだ。



『ごめんね…幸せすぎて…泣きたくなった…』



幸せ?
これが"幸せの涙"だとあんたは言うのか?
夜中に1人、必死に嗚咽を抑えて流す涙が…幸せだと。
いくら鈍い俺でも…それくらいわかる。
あんたの心は………満たされてない。

濡れた顔を隠すように、俺の胸元に擦りつける。
心落ち着かせる時間が欲しいのだろう。回した腕で静かに背中を摩ってやる。

どうすれば…どうすればあんたの心を満たせる?
穿たれた隙間を埋める事ができるのか?

口に出してしまえればどれ程楽だろう。
そんな事をすれば…余計にあんたを追い詰める事は明白で。



「七地…」



全身全霊を込めた囁きだけが…俺の出来る事だとは思いたくない。
あんたの心に隙間を齎すのは、間違い様もなく自分なのだから。


約束された時間は余りにも短く、生き急ぐ様に全てを注ぎ込む。
未来永劫共に在る事を望んだとしても…あんたは拒むだろう。
どれだけ真摯に言葉を紡いだとしても、心を砕いたとしても。
与えるだけ与えて…あんたはさっさと消えていこうとする。
あんた自身の事は考えず、只管俺の為だけに。
それこそ『天使』のような慈愛深さで……。


この瞬間でさえ…あんたの心に"あんた自身の望み"は存在していないんだ。


それがあんたと俺にとってどんなに寂しい事なのか。
あんたは気付かない。


終わらない迷い。繰り返される問答。
時間だけは無情に刻まれて……
改めて俺が思い知る事。




どれほど強く抱き合っても…背中の寒さは癒されない。



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