Wish







眠れない午前二時。
響く遠雷に意識はより鮮明になってくる。

ベッドの上、膝を抱えて思うのは…君の事。





目を閉じて浮かべるのはその広い背中。
眠る背中だけが歳相応で、愛しいのに…痛々しさを感じていた。

広く、この上なく愛しい背中…

手を延ばせば届きそうなのに、
追えば消えてしまう…。

現実、夢、まぼろし…。





助けて……。





□■□






現実…。
君がいる世界。
ここは…維鉄谷。

あれから5年…君がこの世界に戻ってきてからの年月だ。
今はもう10歳。
布椎 晃己としての人生を送っている。

最初は両親(夕香と嵩くん)を呼び捨てにする等いろいろ難しい事もあったけど、現実を少しずつでも受け止めて…今では立派な小学生。
中身は17歳(本当は23歳か?)だから相変わらずな部分も残っているけど、それでも前向きに今を生きている。



それに引き換えおれは?
未だに過去を引きずったまま、新しい一歩を踏み出せずにいた。

闇己くんのいない現実。
最愛の人をこの手で殺めてしまった現実がおれを覆い尽くしているんだ。

君は晃己として新しい人生を選んだというのに…その現実を認められない。


相変わらずおれの事だけは『七地』と呼び捨てにする君。
特別に思ってくれている証拠だとわかっているのに、その気持ちが痛い。

『あんたもこっちに来い』

その一言で東京を後にし、布椎が用意してくれた家と職を手にこちらに越してきた。
少しでも君の傍にいたかったから。

でもね…現実はそんなに甘くなかった。
君が「晃己」だってことを改めて思い知らされるばかり。
もう…闇己くんはいない。



愛しんで、大切に思ってくれている。
今まで以上に。
それが…辛い。

このままでいい訳なんてないよね?
一歩を踏み出すきっかけが欲しいんだ。
それが何かはわからないけど…どんな些細な事でもいい。

君を"君"だと認められる、ほんの小さなきっかけが…。





□■□






それは突然やってきた。

共鳴りが…聞こえた。
君が『晃己』としての生を受けてから丁度5年目。
眠れぬ夜、爆発的な響きに襲われたのだ…。

何が起きたのか最初はわからなかった。
念を昇華したときから、神剣は一切の力を自ら封じ込めてしまったようだったから。

壊れてしまった神剣達はもちろん、唯一姿を留めていた草薙までもが『役目を終えた』とばかりに眠りについてしまった。
残されたのは…美しい細工を施された年代物の太刀のみ。


『七地の元での方がこいつらも落ち着くだろ?』


そういって嵩くんから預けられたのは5年前。
誰もが二度と共鳴りを起すとは思っていなかったのに…突然の目覚め。


慌てて神剣を安置してある部屋に飛び込む。
神剣達は微かな燐光を放ち、何かを求めるように鳴り響く。

「お前達、今更どうしたんだよ?眠りを呼び起こす程の事が起きるって言うのか?」

おれの呼びかけに答えるよう、唸りを上げる。

「何が起きるの?おれに出来る事は?これ以上お前達に無理させたくないよ…」

全ての神剣を胸に抱きこむ。
この際重さなんて気にしてられない。
1000年を越える長きの間立派にお役目を果たしてきて、やっと肩の荷をおろせたというのに…。

労わるよう、最大の慰撫を込めて刀身をさすってやった。
その途端、眩い光がおれを包んだ…。





『鍛治師よ…我らを生み出したる主よ…これ以上1人で泣くな…』

「え?…この声は?」

『我は草薙…兄弟達はもう…話し掛ける力も残っていない。我のみ…その役目を果たせる』

「役目って?もうお前達が苦しむ必要はないんだよ?維鉄谷の念は昇華された。これ以上…」

『否…主の心は…昇華されていない…涙に濡れそぼり、溺れかけている…』


事実を指摘されてぐうの音も出なかった。
神剣達には…隠す事なんか出来ないの、すっかり忘れてた。


「もしかして…おれがお前達を起しちゃったの?」
苦笑交じりに束をなでてやる。

『主だけではない…器も…我らの使い手も…迷っている…』

「それって…」



「七地!!」



甲高い叫びが共鳴りの響きを突き破る。
振り返った視線の先には…晃己くん。


「おい、草薙!お前今更何しにきたんだっっ」

怒りに満ちた両目が草薙を突き刺す。

『我は役目を果たしに戻ってきたまで…役目を終えれば…再び眠りにつく事が出来る…』

「"役目"だと?念が昇華された今、お前達が出来る役目なんかない筈だ」

『真実そう思っているのか?…転生してからというものお前の力も落ちたものだ…』

「なんだと?」

『主の…心の穴を埋める事すら出来ないお前になぞ…とやかく言われる筋合いは無い…』

「ふざけるなっっ。そんな事位嫌ってほどわかってる…わかってるけど…」


俯き、必至に涙を堪える姿…あの頃と何も変わっていない。
姿は変わってしまっても、心まで変えることは誰にも出来ないんだ…。


「晃己くん、ごめんね。君にまで辛い思いをさせちゃってたんだね…草薙、ちょっと下に降ろすよ?」

抱えていた神剣をそっと床に降ろし、微かに肩を震わせる少年を抱き締めた。
細く、折れそうな体…。
変わらない中身の為に辛い思いを抱えていたのは君だって同じ。
大切な人の事なのに、それすら忘れてしまっていた自分が情けない。

外見・年の差…そんな物は関係ないんだね。
相手を思う気持ちがあれば…その全てが愛しかったから。

「七地…置いていくなよ?俺、とっとと大人になるから…」
両手をおれの首に回して必至に縋りつく君。

「置いていかないよ…だから泣かないで」

背中をぽんぽんとたたいてやる。

置いていくんじゃないよ。
おれが置いていかれないようにしなきゃいけないんだよね…。



『…主よ…1つだけ、願いを叶えよう…我の役目はそれで終わる…』

「願いって…」
どういう意味だろう?

『我はその為に目覚めた…最後の力で…我らに与えられた"鍛治師の魂"を返す…』

「それじゃっ…もう、お前達には会えなくなるって事だよね…」

『…そう…それで我らは本当に眠りにつく事が出来るのだ…我らを思う心があるのなら…頼む…』



願い事1つだけ…神剣達の"魂"がかかった重要なもの。
大切なものを悲しませる事なく、おれも満たされる為の願い…



「七地…」
心配そうにおれの顔を覗き込む晃己くん。
ぎゅっと抱き締めて安心させてあげる。
大切な人だから……。

「…決めたよ。お前達にならわかるよね?」

最後だから…目一杯の笑みで神剣達を見つめた。

『…主のあるがままに…とこしえの安寧を願って……その"魂"を返す』





世界の全てが…白く染まった…





□■□






「早くしろよ!学校間に合わなくなるだろ。相変わらずのほほ〜んとしてるんだから」
「待ってよ〜。晃己くんみたいにご飯早く食べられないんだからさ」

維鉄谷布椎邸玄関。
毎朝見慣れた光景が繰り広げられている。

「晃ちゃん、健ちゃん!お弁当持ったの〜?」

すっかりママさんになった夕香の声がキッチンから響く。

「いけないっ。おれテーブルの上に置いてきちゃったよ!!」
「ったく。俺が取ってくるから、それまでに靴履いとけよ?」

渋々靴を脱ぎ捨てキッチンにお弁当を取りに行ってくれるのは…晃己くん。



そう…あの日の願い事。
おれは神剣達に『晃己君と同じ時間を歩きたい』と願ったのだ。

過去を振り返っても仕方ない。
それならいっそ…彼と同じ時間を歩き直して見ればいいと…。
以前ならどんなに願っても無理だった"幼い頃からの思い出"を一緒に作る事も出来る。
笑って、怒って、泣いて…些細な出来事すら互いに刻み付ける事が出来るから。


神剣達から"魂"が返される瞬間、暖かいものが体中を駆け抜けた。
『我らの愛しい主…全てはあるがままに…』
この上なく優しい草薙の声と共に。


閃光に包まれたおれたち。
辺りに静けさが戻ると、おれは小さな身体になっていた。
傍らには…本当の眠りについた神剣達。
面白そうに体中をぺたぺた撫でて確認するおれを他所に、晃己君は号泣した。

『俺が選ばせたのか…』と。

そうかもしれないけど…嫌、違うんだ。
君と共に同じ時間を歩きたいと常々思っていたから。
君がまだ"闇己"と呼ばれていた頃から、ずっと…。



周りの人達は死にそうなほど?!驚いていた。
でも…前例があるだけに、結構あっさりと受け入れてもらえたと思う。

『弟』という扱いにしてしまうと色々問題があるので、今は布椎宗主となった嵩くんの補佐を務める脩さんが養子として迎えてくれた。
脩さんは布椎本家の隣りに住んでいるけど、『同い年だし、一緒の方が楽しいだろ?』とおれをこっちに住まわせてくれている。
もちろん夕香ママと嵩パパ?!の勧めもあって。(笑)
戸籍やその他もろもろ…"布椎の力って凄い!"と改めて実感できた。
どうやら晃己くんの後押しもあったらしいけど…。
"兄弟じゃ…ある程度の年になってから色々と問題あるだろ?"

確信めいた笑みを浮かべて囁いた彼の顔を忘れる事はないだろう…。(苦笑)


『七地健生』の生はあの時に終わった。
"突然死"という事で、布椎が手際よく全てを収めてくれたのだ。
父さんと母さんには辛い思いをさせたと思うけど…今は"野城上健生"としての存在を認めてくれている。

おれ自身も『寂しくない』と言ったら嘘になる。
遣り残した事も結構あったから。
でも…それは今からでも十分に間に合う事ばかり。
今だからこそ出来る事に比べたら、本当に些細な事ばかりだから…大丈夫。



「ほら、弁当持ってきた。靴履けたのか?」
「大丈夫。ありがとね、晃己くん」
「ああ。健生は"相変わらず"だから放って置けないし」
「あぁ〜!どうしてそう言う風に可愛くない事言っちゃうの?君こそ"相変わらず"じゃないか!!」
「2人共何やってるの!!あと10分で学校始まっちゃうわよ!!」

夕香ママが背後で仁王立ちになっているのを感じて、慌てて玄関から駆け出した。

「こら〜!健ちゃん!お弁当!!…もうっ。また後で届けなきゃいけないじゃないの…」

ぶつぶつ言っている声が聞こえたけど、その後に優しく微笑んでいるのを知ってるから大丈夫だよね?!





今日も気持ちいい程澄み渡った空。
秋晴れとはよく言ったものだ。
色づく木々に囲まれて、
笑いあいながら学校への路を駆けて行く2人。


願いは…現実となって……


新しい世界が広がった。










chapunの言い訳

自爆企画?!に気付いてくださったまみや様から頂いたリクです。
ちび七地…微妙に最後だけ?!ちびになってます。(吐血)
許して?一応シリーズ化狙ってるんで、そっちでお腹一杯にして?

見逃して〜!!
逃げろ〜C= C= C=  ┌(;・_・)┘



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