Little Kingdom - 一坪の世界 - |
静かな部屋にラジオ英会話の放送だけが場違いな程よく響く。 ラインマーカー片手にテキストとにらめっこを続ける事2時間…いい加減集中力が切れてきた。 「そろそろ限界か」 時計の針は…5:30。 昼食をとってからかれこれ4時間以上、机と向かい合って来てた訳だ。 いつもこの位の時間になると、信じられない程俺の集中力は散漫になってしまう。 参考書やテキストに埋め尽くされた机の上を簡単に纏めると、いつものように席を立つ。 手近にあったバッグを掴み部屋を出た。 向かう先は…。 二月程前、俺達は念願を果たした。 そう…布椎一党悲願の"維鉄谷の念"の昇華。 全てが簡単に運んだ訳じゃない…もちろん犠牲も伴った。 必至の思いで集めてきた神剣は天叢雲を残して破損、巫覡達も満身創痍。 七地に至っては精根尽き果て1月近く寝込んだ。 俺は? "穴"が空いた。 物心ついた時から背負わされていた荷物が消えて、目指すべきモノを失った。 一族の悲願が達成されたのだ。 それはとても喜ばしい事の筈なのに…素直に喜べない自分がどこかにいる。 俺の存在意義…宗主としての意味はそこで絶たれる筈だった。 前宗主の実子ではない俺が今の地位にいる意味…あくまでも一党の悲願を達成できうる力を持っていたからこそ。 自分でも理解していたのだ…"その為に俺は存在する"と。 それなのに、日常は続く。 変わらず布椎一党の宗主としての自分がいる。 本当なら…"あの時"一緒に消えてなくなる筈だったのに。 得るものも大きかったが、それ相応に失うものもあった訳だ。 穿たれた穴は以外にも大きく、今まで感じた事のない虚脱感に襲われた。 一ヶ月、俺は魂が抜けたような状態だった。 稚国叔父等は"今までの疲れが出たのだろう"と言ってたが、そんなもんじゃない。 まさしく抜け殻だった。 念が昇華されても負の巫覡としての、宗主としての俺は存在し続ける。 でも、存在する為の意味がもう見出せない。 最初の2週間はもがいてみたものの…結局俺にはわからなかった。 宗主として、維鉄谷の念を昇華する巫覡としての教育は受けてきたが、それ以降…念を昇華した後の身の振り方を考えた事もなければ教えてくれる人物はいなかったから。 あいつ以外… それに気付いた時、一気に目が覚めた。 そうだ。大切な約束をしていたんだ。 忘れちゃいけない約束。 丁度一年位前だったか。 俺と七地が初めて友人の一線を越えた頃…真面目な顔して七地は俺に言った。 『あのさ…今からこんな事いうのも難だけど、聞いてくれるかな?』 『何だ?言ってみろ。どうせあんたの事だから大した事じゃないんだろうけどな』 『酷いな〜。かなり勇気振り絞って切り出したのにさ』 『わ、悪い』 『いいよ、いつもの事だし。でも、ちゃんと聞いて欲しいんだよね』 『…わかった。心の準備できたから』 何を切り出されるのか、正直言ってかなりビクビクしていたと思う。 でも俺の想像を他所に七地の口から呟かれた言葉は… 『あのね?維鉄谷の念が昇華出来たらさ、大学いかない?』 『大学か…』 『うん。布椎の宗主やりながらだと大変だとは思うけど…それでも行って欲しいと思うんだ』 考えていなかった訳じゃないが、何故今言うのだろうか? 『理由は?』 素直に問う。 何故なら七地がそう促しているし、七地の口からきちんと意味を知りたかったから。 『理由ね…。いろいろあるよ。 まず君は世間を知らなさ過ぎる。見聞を広める為の時間と理由として大学生活は最も有効になる。 布椎の宗主としても広い世界を知る事はいいことだと思うから。 それから…』 『それから?』 『君に…何か生き甲斐のようなものを見つけて欲しくて。 "宗主"の仕事を否定している訳じゃないよ。ただね、君はそれに縛られすぎてるから。 楽な仕事じゃない事も、そういう環境にいる事も君と一緒に過す事でいくらかは分かってるつもり。 でもね、君からそれを取ってしまったら、君の中に残るモノが余りにも少ないような気がして…。 一族の悲願を達成できた後、きっと心の中に穴が空いちゃうと思うんだ。 余りにも大きなものを抱えていたのに、それが突然なくなったら…恐いと思う。 だからね…今から次の目標決めておけば迷わないんじゃないかな? 周りから与えられた環境じゃなくて、君自身が選んだ、君だけの世界を作れば…。 あくまでも俺の勝手な思い込みだから、"そんな必要ない"って言われちゃえばそれまでだけどさ。 でも、損はないと思うんだ。先の目標を決める事も勉強をする事もね。 それに…その4年間は君と一緒に過せるからさ。最後のはおまけ!』 嬉しくて、思わず抱き締めた。 そこまで考えてくれているって事に幸せを感じた。温かさを優しさを、愛しさを感じた。 『ああ…約束するよ。あんたと一緒に歩いていけるように、穴が空かないようにな…』 どうしてこんなに大切な約束を忘れてしまっていたのか? 頭から冷水を浴びせられたようだった。 それから俺は猛勉強を開始した。 自分の目的にあった大学・学部を選び、本格的に受験勉強に取り組んだのだ。 俺自身馬鹿ではなかったものの、特別賢い訳じゃない。 宗主としてのたしなみ程度に、文武両道を重んじるが為にそこそこの成績を収めていた程度。 努力しなければ身につかないのだ。 そんな俺を七地は簡単に見抜いていたから、快く相談に乗ってくれた。 『本当にこの大学行きたいなら、君の場合1日12時間勉強しないとマズイかも。 本当なら君の成績なら学校推薦もらえたかもしれないけど、今の時期じゃ既に推薦終わっちゃってるし。 一般受験だとセンター試験受けなきゃいけないからさ。 その場合、君の選んだ学部なら苦手な数学はパスできる。 ただし、英語は半端じゃなく難しいよ。ヒアリングも出来ないとマズイ。下手すると二次試験で英会話もあるかも。 だから…ひがな1日ラジオ英会話BGMにする事!出来れば英会話にも行っておいて。 ま、君の事だから"誰かに教わる"という事自体不本意かもしれないけど、今はそんな事言ってる場合じゃないからね!』 こんな風に捲し立てられると、嫌でもやる気になってくる。 俺の自尊心を上手くくすぐって操る…七地以外には出来ない事。 七地の後押し、周囲の協力によって"布椎家宗主"としての俺は一時休業状態になれた。 そうしないと本当に希望大学に受かる自信がなかったから。(苦笑) そうなって初めて自分について考えた。 与えられた環境の中でぬくぬく育ってきていた事、宗主という仕事の意味、俺が本当にやりたいこと…。 色々な思い・考えが溢れてくる。 俺の中にこんなにも沢山の思いが溢れている事に初めて気付いたのだ。 その中で勝ち取った答えは… 『俺が自分で立っていられる世界を作る』 どんなに小さくてもいい。 自分自身の考え・希望・夢…そういったものを抱えていられるだけの小さなスペースが欲しかった。 今までは与えられたものを甘んじて受け止め、クリアーするのに必至だった。 年齢・立場・世間体に縛られて思うように身動き出来なかった。 今なら…出来る気がするから。 布椎という枠の中から飛び出すなんて無理な事は考えていない。 土台、周囲も俺自身も許さない。 一党というしがらみの中でも迷わずに進んでいける、縁者達を導いてゆける確固たる自信が欲しい。 誰にも目を背ける事無く、真正面から向かってゆける真っ直ぐな心。 自分に向き合える強い心を。 そういうモノがある事に気付かせてくれたあんたの為にも…ここで立ち止まっている訳にはいかないから。 ここからやっと始まるんだ。 "布椎闇己"としての人生が。 宗主だの巫覡だのの冠がつかない、いつもあんたが見つめてくれていた1人の人としての生活が。 ジャケットを引っ掛け、小脇に抱えた荷物と共にやってきたのは…小さな公園。 家から歩いて5分程の、なんの変哲もない普通の児童公園だ。 この時間になると、子供達はいない。 冬に向かって急ぎ足で駆けて行く季節が、釣瓶落としのように日を落とす。 西空にはうっすらとオレンジ色が残り、東空には既に宵の明星が誇らしげに輝いていた。 周囲を確認することなく、俺は一直線にある場所へと向かう。 到着するとバッグを肩から斜めにかけて、目の前のそれによじ登る。 頂上まで登り終えて、いつものように腰を降ろした。 バッグの中から単語帳とMDを取り出しイヤホンを耳に入れ、パラパラとページを捲っていく。 勿論聞いているのは"ラジオ英会話"。 小さな公園のジャングルジム。 その一番上にあるほんの小さなスペースが、今の俺の世界。 らしくないかもしれない。 こんな所でチマチマと勉強している事自体信じられないというヤツもいるだろう。 それでも…これが現実。 やっと"人"らしく一歩を踏み出した俺には分相応だ。 一坪にも満たないけれど、そこには溢れる希望がある。 叶えたい夢がある。 尽きる事ない想いがあるのだ。 目は単語を追い、耳で英会話を聞く。頭の中ではその両方を処理しながらも別の事まで考えられる。 ここはそういう場所。 心にゆとりを持てる場所。 「あ?今の何だ…?」 聞き逃した英会話。リモコンで直前まで巻き戻す。 気付けば、見上げた空に満点の星。 こんな生活も…悪くない。 今はまだ小さな世界の王様。 でも、これからまだまだ領土は広がる筈。 やりたい事、すべき事は尽きる事などないのだから…。 まずは目前に迫る受験をこなそう。 そこから世界はもっと広くなる。 その世界から得られるものを糧として、歩いていきたい。 自分を恥じないように。もう、何事からも目を背けないように。 あんたと一緒に…。 結
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chapunから 何だかな〜。(自爆) 御題にそぐわない内容になってしまいました。 ここまで引っ張ったのにこの様に不甲斐無い結果で申し訳ありませんっっ!!(号泣) 受験経験ないchapunには難しすぎました。 一から出直します。 たすお様、お許しくださいませ。(土下座) |