シトシトシトシトシト…… 静かに降りしきる霧雨は、梅雨の走りを擁している。 普通なら鬱陶しく感じてしまうのだろうが…俺は雨の日が結構好きだったりする。 貧乏暇無しを地で突っ走っている俺にとっては、天気の日なんか気分良すぎてバイトで稼ぎ放題。(苦笑) 落ち着いて家に篭っているのが勿体無くて、ついつい何かしら用事を入れてしまう。 だけど、こんな日は違う。 柔らかく注ぐ雨音を聞きながら、ささやかな幸せを噛み締めながらゆったりと過す事が出来るから。 そう…特にこんな日は。 □■□■□ 昨晩の事。 「そろそろ寝ようかな?」と思っていた矢先、携帯が鳴った。 聴き慣れた着信音に、急いで通話ボタンを押す。 「もしもし、闇己君?」 心地良く耳に流れ込んでくる声、間違え様なんか無い。 大切な、大切な人だから。 『明日の夜…空けておけ』 ちょっと不貞腐れたような、でも怯えているようにも聞こえる。 こういう声色の時は…素直に「Yes」。 「大丈夫だよ。バイト抜けられそうに無いからちょっと遅くなるかもしれないけど、それでもいいかい?」 『ああ…(安堵)真っ直ぐ離れに来いよ?』 「了解。それじゃ、この間貸す約束してた本とCDも持っていくから…」 あえなかった日々の出来事を互いに話して電話を切った。 さっきの電話は「お願い電話」。 彼は…とても不器用だからさ、普通の人じゃ『喧嘩売ってるのか?』って受け取りかねないような事、平気で言っちゃうんだよね。(苦笑) 普段は「宗主」という仮面と「一党の悲願」という、とてつもなく重いものを背負ってるから、なかなか素顔を見せる事なんか出来ない。常に人の上に立たねばならない立場上、彼自身が許さないし。 複雑な環境の中で育ってきたから、何かを願ったり、素直に他人に甘えると言う事すら出来なくて。 ちょっとした希望や誘い…簡単な事をきちんと伝えられなくて、どこか歯痒い表情をしていた事に気付いてしまった。 そんな君をいつも身近に感じていたら…いてもたってもいられなくなったのがきっかけ。 最初はちょっとの同情心。 持って生まれたお節介好き?!な性分と、"俺は5歳も年上なんだぞ?"っていう変な自尊心から、何かにつけてはついつい口を挟むようになった。 口を挟むだけでは飽き足らず、手を出し足を出し(苦笑)、時には不用意に彼の中の"踏み込んではいけない禁域"にまで踏み込んでは喧嘩になって、後で酷く後悔する羽目になったり。 時を経て、彼と共に過す時間が長くなればなるほど、そういう状況が当たり前のようになってきて…。 何時の間にか、他人と滅多に相容れようとしない彼の"隣り"っていうポジションを手に入れてた。 それは思いがけず心地良い環境でさ…。 彼は彼で、こういう関係も"まんざらではない"といった風で。 最初は戸惑い気味だった俺に対する当たりも、何時の間にか自然に、昔からの友達のように接してくれるようになっっていった。 元々『お金持ちのおぼっちゃま』には違いないから、変な所で異様に我儘言ったり、桁外れな金銭感覚で小市民な俺をびっくりさせてみたり…ちょっと困った事もない訳じゃないけど。 そんな事すら"心地良い"って感じてしまえるようになったらさ、日常に転がってる瑣末な出来事なんか気にならなくなっちゃって。 (苦笑) いつも君の事を考えるようになってたんだ…。 強がってばかりいる心の内を知りたくなった。 悩みながら・歯軋りしながら抱えている『闇』を、例え無くす事は出来なくても少し位薄める事は出来るんじゃないかって。 1人では背負いきれないのに、無理矢理背負っている重荷を一緒に抱えたくなった。 共に…歩いていきたいと、君の心の支えになりたいと、心底願うようになった。 それは思いがけない形で叶えられるようになって…。 春まだ遠い3月の夜。 君に誘われて向かった関東布椎定例会での出来事。 俺はあの時…正直迷っていた。 君の俺に対する視線が…日々「友」として向けられるものから…違う「何か」に変わっていった事に。 俺が与えてしまった中途半端な同情心・お節介で、君の心に迷いを生み出してしまったような気がしたから。 気付かない…筈なんかない。 誰よりも近くで、君を、いつも感じていたんだから。 それでも。 切先鋭くささくれ立っていた君の心が、春の木洩れ日に溶け出す雪のように…ゆっくりと、でも確実に開いていってる事実。 俺に向けられる真摯なまでの熱の篭った視線。 それは全て、本来なら…まだ見ぬ「未来の君の恋人」に向けられるであろうもので。 将来有望で、17歳の今でさえ誰からも一目おかれる立派な人として立っている君。 真っ直ぐに引かれた、曇り1つない道を、踏み外させてしまう…恐怖。 それ以前の問題として…俺の中に蟠る君への感情が…。 友として思うには、溢れすぎる想い。 だからといって「恋人にしたいのか?」と問われれば、素直に頷く事も出来ない。 『恋』焦がれているには違いないと思う。 でも、確かに何かが違って。 上手く表現できないけれど…そういうレベルでの問題じゃないんだ。 俺が布椎に「鍛治師」だと認められた時(彼の一方的な発言によって決まったんだけど^^;)、稚国さんを筆頭にお歴々方が皆口を揃えて言った言葉。 「巫覡と鍛治師は切っても切れない深い魂の絆で繋がれた関係」 表現としては。これが一番しっくりとする。 出会ってからの歳月を考えれば、信じられない程君にのめりこんでる。 『広く浅く』をモットーにしてきた俺の人付き合い人生の中じゃ、絶対にあり得ない事実。 だからといって、この感情を単純に「恋」という言葉に変換してもいいものか? 迷えば迷うほど…答えは出口から遠ざかる。 そういう状況の中で、君から与えられたのは…ある種の解答だった。 出逢った頃と比べれば遥かに立派になった君。 精神的にも肉体的にも更に風格が増し、誰に引けを取る事も無い。 自信に満ち溢れ、これから訪れるであろう「一党の悲願の時」でさえ、余裕の笑みで交わしてしまえそうで。 なのに…君は言った。 並外れた強い精神力を持ち合わせている君が、 押さえ込もうとすれば出来る筈の感情を、 必死になって…搾り出したんだ。 抱き締められた腕の中。 小刻みに震える体と声が、俺の中に温かなものを溢れさせて。 「あんたが…好きだ…」って。 この時点で、俺は完敗だった。 こういう事って、先に言ってしまった方が「勝ち」な部分あるでしょ?(苦笑) だれよりもプライドが高くて、他人におもねる事を否とし、「孤高を貫いてます!」って君がだよ? 何の役にも立たない、それどころか君の足を引っ張り捲くっているに違いない俺を…求めてくれているんだって。 そう思ったらさ、求めていた答えがはっきり見えたんだ。 一番大切な事、俺は忘れちゃってたんだ。 誰よりも…君が好きって事をね… 選んだ道は…間違っているのかもしれない。 こういう関係にならなくても、君とより深く心を通わせる手段はいくらでもあったのかもしれない。 でも、時間は待ってくれないから。 この瞬間が…俺と君にとっては何よりも大切なものだったから。 公にする事は許されない。 もしバレてしまったら…俺の考えにも及びつかない自体が待ち受けているだろう。 君が哀しむ顔は見たくない。 最悪の事態になったとしても… 全ては俺が甘んじて受け止めれば済む事。 どんな誹謗中傷でも大丈夫。 君を傷つけるような事だけは絶対にさせないから。 それこそが…俺が君を大切に想う証でもあるから。 □■□■□ シトシトシトシトシト…………… まだ雨は降り続いている。 穏やかな響きと共に、膝に感じる温かな重み。 何時の間にかウトウトとしてしまっている君の髪を、起こさないように優しく梳いた。 カーテンを開け放った窓から見えるのは、庭一面の紫陽花。 彼が用意してくれた、俺への"ささやか(苦笑)"な誕生日プレゼントだ。 知り合って間もない頃、新しい神剣の情報を得ては全国各地を休みの度に飛び回っていた俺達。 とある場所で目にした紫陽花に思わず呟いた俺の言葉を…ずっと覚えてくれていたんだ。 昨晩、バイトが終わってから急いで駆けつけた俺に向かって投げられた言葉は…不満。(苦笑) 滅多に甘えを見せる事のない君の、最大級の甘えだ。 「遅かったな(怒)」 「バイトがあるからって言っておいただろ?子供みたいに拗ねるなよ。ね?」 「頭撫でるな!ったく、ガキじゃあるまいし…」 「そんな事言っちゃって。今更照れる事ないだろ?(ニヤv)」 「煩い!あぁー、外暗くなったらせっかくの物も見えなくなるってのに」 「"せっかくの物"って?何々?今すぐ見たいー!!」 「こら、待て!おい七地!!」 子供のじゃれあいのような会話を繰り広げながら、もう慣れ親しんでしまった彼の離れに上がりこむ。 庭を望める居間に入り込み、勢い良くカーテンを開け放つと… 「嘘…信じられない…」 元々綺麗に手入れされていた庭が、蒼一色に塗り替えられていた。 薄闇の中、水滴を浴びて仄かに光を放つのは…一面の紫陽花だった。 「あんた…昔言ってただろ?"紫陽花が好きだ"って」 「??…あ!そんな昔の事覚えてくれてたんだ?」 「まぁ、な。変わっていく色合いが心模様を表しているって。"人の心みたいだから好きなんだ"ってな…」 「闇己君…」 「あんたの誕生日、俺公務入っちゃって。一緒に祝う事が出来ないから少し先走ったけど。ささやかなプレゼントだ」 思わずもの凄い勢いで彼の事を抱き締めてしまった。 真摯な想いが…俺を心底大切に想ってくれている事が伝わってきて、感極まってしまう。 「…ありがと。本当に、ありがとう…」 「ああ…」 拙い言葉を紡ぎ出すのが精一杯だった。 一頻り感動の余韻を味わった後、彼曰く"ささやか"な(苦笑)食事を饗された。 ゆっくりと穏やかで甘い時間を堪能して、美味しい料理とお酒に舌鼓を打ちつつ。 適度に酒の酔いが回り始めた頃、彼が膝枕を強請ってきた。 そのまま…今に至っている訳で。 「俺の心も、紫陽花みたいに変わったのかもしれないな…」 同情心から友情に変わり、友情から恋へ。 でも…俺の心は更なる高みを求めている。 真の意味での「魂の繋がり」まで。 「だんだん好きになって…そしてだんだん恋になる…か」 何もかも忘れられなくなってしまっている…本当にその通りだ。 一昔前に流行った歌。 今の俺の心境に妙に嵌っていて、思わず含み笑い。 「…何思い出し笑いしてんだよ?」 声の主に視線を落とすと…またむくれてる。(トホホ) どうやら笑い声で起きてしまったようだ。 元々眠りは浅いから…一応、心の中で"ごめんね?"と呟いてみた。(苦笑) 「秘密」 「あんた…よく抜け抜けとそんな事言えるな?(怒)」 「別に。秘密の1つ2つ位あったって問題ないだろ?(笑)」 「うぅぅぅぅぅぅー(ションボリ)」 いいじゃないか。それ位意趣返ししたってさ。 焼きもち焼いてよね?(笑) 俺はいつだって…色んな意味で、君で一杯一杯なんだから。 何を想い、何を考えても…全てが『君』へと繋がってしまうんだよ? 絶対に教えてやらない。(笑) こんなに重要な秘密を教えてしまったら、君は益々我儘に拍車がかかるだろうから。 それもまた、悪くはないんだけどね? ほら、また1つ君へと繋がるものが出来ちゃったじゃないか。 雨と… 紫陽花と… 紫陽花のうた… これもまた、一生の秘密。(笑) To be continued next year.
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<chapunのコメント> 遅まきながら七地お誕生日お祝いSSUPです。(撲殺) 季節柄、やっぱり紫陽花外す事が出来ない、単純明快な脳味噌に空笑いしております。(あはは^^;) 拙宅のSS「Kokoro」の補完と誕生日お祝いを兼ねてしまいたったみたいです。(殴) 一粒で二度美味しい目指したんですが、見事撃沈…。(涙) 2時間仕上げなんで、勢いは良かったんですけどねぇ。(遠い目) chapun、実は紫陽花嫌いです。(爆) 綺麗だなーと思うことはあるんですが、何せ紫陽花にまつわる思い出がろくなもんじゃなくて。(トホホ) だからかしら?中途半端な甘さになってます。(自爆) ちょこっと大人な七地、いかがでしょうか?(笑) 七地スキー乙女の反応、お待ちしておりますvv |