小 鳥 の 巣




凍りつくような夜だった。

七地と付き合うようになってからとんとご無沙汰していた夢を見た……父をこの手で貶めた夢。

迦具土を握り締め、『一族の悲願を』という思いと『父の願い』というそれだけの事で命を絶つ。
俺がやらなければ寧子がやる…究極の選択の中で自ら選び取った事実だというのに、夢や突発的な恐怖に襲われる。

良心が痛むなどという可愛い程度のものじゃない。

俺は紛れもなく"親殺し"であり、その両手を罪に染め上げているのだから。

神剣で首を断つ時の鈍い感触が未だ薄れる事はないんだ……。


それでも、七地と出逢った事で消し去る事は出来なくとも薄くする事はできたのだ。

あいつの持っている清浄な光が俺を癒し、救い、心の闇を浄化してくれるから。
どれほどあいつを求め、蹂躙し、傷つけたとしても…あいつは何も変わる事無く、俺に優しい光を注いでくれるのだ。



それでもこういう夢を見る…七地に会っていないから。

ここ2週間ばかりすれ違いの生活が続いていた。

公務と学校を往復する俺に七地が時間を合わせてくれるのが常なのだが、丁度試験期間と重なってしまったのだ。

たいていの我儘には付き合ってくれるが、事学業に関してだけは1歩も譲らない。
『勉強をしておいて損はないと思うんだ』…教職希望の七地の持論。

渋々頷くしかなかった。それぐらいの事は俺にだって理解できる。

理解できるが、我慢出来ないものは出来ないのだ。
特にこんな夜は……



全身汗だくで飛び起きた。
呼吸が荒くなって息苦しい…必死に整えようとしても思うようにいかなくて…。

そんな時に思い描くのは---七地の横顔。
たったそれだけの事で、いとも簡単に動悸が治まっていく。

それ程俺の中での"七地"は大きな寄る辺となっていた。





居ても立ってもいられない。
時計の針は…0:00を回っている。

それでも会いたい。会えなくても近くに感じていたかった。


気が付いたら、手近にあったジャケットを掴んで部屋を飛び出していた……。




□■□





0:00を過ぎて集中力が欠けてきた。
さすがにこう毎日、何時間も机に向かっていると気が滅入ってくる。

「明日で最後だし、もうちょっとだから頑張らないと…」

気分転換と空気の入れ替えを兼ねて、大きく窓を開け放つ。
窓際に立ち、透き通った夜の空気を目一杯吸い込むと頭が一気に冴え渡った。

大きく伸びをして窓を閉めようとしたそのときだった。

「あれ?…もしかして闇己くん?」
一瞬目を疑ったが、視線が交わって本人だと確信する。

慌てて窓を閉め、部屋から飛び出した。



「もう、こんな時間にクソ寒い外でなにやってるの!風邪でも引いたらどうするつもりなんだ?」
迎え入れた闇己くんの身体はかなり冷え切っていた。いったいどれ位あそこに立っていたんだ?……聞いたところで答えてくれないのは百も承知なので敢えて言わないけどさ。

熱々のコーヒーを渡す。

「こんな時間に…いいのか?」

「人の心配している場合じゃないの!君こそどうしたんだよ。テストは明日までなんだからさ、あとちょっとだけ待っててくれればよかったのに。こんな事で君が具合悪くでもしたら、寝覚めが悪いよ」

「…"こんな事"だって?」

あっちゃー。またもや失言。少し拗ねちゃったみたい。

「ごめん…こんな時間に出てくるんだから何かあったんだよね。君の身体が心配だったから…」
しどろもどろするおれを横目にくすくす笑い出した…よかった、怒ってなかったみたい。

「俺こそ、こんな常識外れな時間に…親御さんや夕香は寝ちゃってるのか?」

「ううん。一昨日から旅行行ってる。商店街の福引ってオチつき」
苦笑い。今時福引で旅行当てるなんてある意味凄いけど。

「そっか」

会話が途切れる。こんな時間に誰も居ない家に2人だけ…明日のテストは諦めようと思った時だった。

「…勉強、続けてくれ」

「え?いいの?」
耳を疑ったが、彼は大きく頷いた。

「ただ…傍に居てもいいか?」

その一言で気が付いた。辛い思い出を蘇らせてしまった事。そんな時の闇己くんは普段では想像ができないほどの『くっつき病』になるんだ。凍りきった心を少しでも溶かしたくて、誰かの温もりを求めてしまう…。

「嫌じゃなければベッドで横になりなよ。眠れないんでしょ?君が眠るまで傍にいるから」
一瞬大きく見開いた目は直ぐに"まいったな"と言わんばかりに柔らかくなる。

大人しく言われた通りに横になった彼。
脱いだジャケットの下は…彼がパジャマ代わりに着ているスウェットだった。やっぱり…

ベッドの傍らに座り込み、彼の手をそっと包み込む。

「おれと会わない間、どうしてた?」
幼い子供に問い掛けるよう、精一杯の優しさを詰め込んで語りかけた。




□■□





「来ちゃったよ…」

部屋を飛び出しタクシーに乗り込んで20分、七地の住むマンションの前に辿り着いてしまった。

こんな時間にここへ来たからと言って七地に会える訳じゃないのに、ただ無我夢中だった。

あまりの不甲斐無さに大きな溜息を吐く。
静かに見上げる先には…七地の部屋の窓。

うっすらと灯りが洩れている事に気が付くと『このまま帰ろう』という思いに踏ん切りがつかなくなった。

じっと見つめるだけ。ただ"俺の存在に気付いて"と……。


30分以上見上げていた頃だった。身体の芯まで冷え始め『いい加減帰ろう』と思い始めた時、突然七地の部屋の窓が開いた。

窓際に立ち、暢気に伸びなんか始めてる。

見つけて欲しいのに見つかりたくない…欲と羞恥心の狭間で迷う俺を案の定見逃す筈などなくて。

「あれ?…もしかして闇己くん?」
視線が絡まる。



……結局、俺は望んでいた通り七地の部屋に通された。
参考書やレポートに囲まれながらもそれなりに整頓されている。

常識外れな行動をとってしまった事に居たたまれず、身の置場が無い。
自分に呆れて少し憤る俺を、優しく受け入れてくれるのは七地だけ。

熱々のコーヒーを渡され、やっとの事で切り出す。

「こんな時間に…いいのか?」

「人の心配している場合じゃないの!君こそどうしたんだよ。テストは明日までなんだからさ、あとちょっとだけ待っててくれればよかったのに。こんな事で君が具合悪くでもしたら、寝覚めが悪いよ」

「…"こんな事"だって?」

七地にあたっても仕様が無い。あいつの言い分は全く持ってその通りで、言い返す言葉など無いのだから。
それでも俺の心配をする…愛しい人。

「ごめん…こんな時間に出てくるんだから何かあったんだよね。君の身体が心配だったから…」
しどろもどろする七地を見て、思わずくすくす笑い出してしまった。

やっと緊張が解れてきた。ここは七地の匂いがするから安心する…素直に気持ちを呟けた。

「俺こそ、こんな常識外れな時間に…親御さんや夕香は寝ちゃってるのか?」
一番気になる事。

「ううん。一昨日から旅行行ってる。商店街の福引ってオチつき」
思い切り安堵してしまい、そんな心の内がバレないようにできるだけ素っ気無く 「そっか」 と一言だけ。

会話が途切れる。こんな時間に誰も居ない家に2人だけ…いつもなら我慢する事なく速攻押し倒すが、訪れた理由も理由だし、七地も許すはずがない。
今日ばかりは理性が打ち勝った。

「…勉強、続けてくれ」
心底驚いた様子だった。(俺を招き入れた時点で半ば諦めていたのだろう)

「え?いいの?」
七地の言葉にも素直に頷けた。

「ただ…傍に居てもいいか?」

それは俺の本心だった。
ただ七地の傍にいたかったから。
あんたの存在を一番近くで感じて居たかったから。

真っ直ぐに俺を見つめる視線は…慈愛に満ちている。俺だけに注がれるんだ。

少しの間をおいて七地が口を開いた。

「嫌じゃなければベッドで横になりなよ。眠れないんでしょ?君が眠るまで傍にいるから」
"参った"…正直な感想。何もかもお見通しなのだ…この恋人には。

脱いだジャケットの下はパジャマ代わりに着ているスウェット。
自分の慌てぶりに思わずクスクス笑いながら毛布に潜り込む。
少し甘ったるいような七地の匂いが、俺の中の隙間を埋めていく…。

ベッドの傍らに座り込み、まだ冷たい俺の掌をそっと包み込む七地に…自然、目頭が熱くなった。

「おれと会わない間、どうしてた?」

幼い子供に問い掛けるよう、最大級の優しさを詰め込んだ笑みで問い掛けてくる。





手放す事など出来ない。

例え世界中が俺を見捨てたとしても

変わらない笑顔で迎えてくれる。

見返りを求めずに

ただ只管に微笑みを注いでくれる。

寂しがりの子供より弱い心を

誰にも話せない心の内を

ちゃんと知っている。

ここでなら、何の不安も抱えずに眠りにつけるんだ。


まるで『小鳥の巣』のような俺だけの……恋人。





chapunのコメント

恥ずかしいです。闇己1人でのろけてます。
新居昭乃さんの『小鳥の巣』という大好きな歌があって、その歌を聴きながら勢いで書き殴りましたっっ! (曲のイメージぶち壊していそうで恐怖です…)
この話は「すとーむ・おぶ・らぶ」の管理人雲雀様へサイト開設お祝いとして押し付けさせていただいたものを、本当にちょびっと改定させていただきました。
転載を快諾してくださった雲雀さまに心からの感謝を!!


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