Kokoro
- What has the me <want> -





一番欲しいものは…






「疲れたか?」


周囲に聞こえないよう耳元で囁く。


「…大丈夫。俺の事気にしなくていいから、待っている義縁者さん達のお相手してきなよ」
「でも…」
「君は宗主なんだからね?お勤め果たさないと」
「無理するなよ?」
「了解。それじゃ、少し外で風にでも当たってくるよ」


そう言いながら俺に背を向けて手をヒラヒラと振るのは…七地。

やっぱり…無理矢理連れてくるんじゃなかった。



関東布椎の定例会。
普段は東京の布椎邸で行われるが年に数回、一都七県の義縁者達が持ち回りで自分達の地元で開催する。

今回は栃木でのパーティー。
普段は俺1人で参加するのだが、我儘を言って無理矢理七地を連れてきてしまったのだ。





「え?何で俺が参加しなきゃいけないの?」
「顔見せだ。有力な義縁者達には既にあんたの事を紹介済みだが、一応他の関東布椎の義縁者達にも紹介しておこうと思ってな」
「俺がそういう畏まった席を苦手としてるの、君は十分承知してるだろ?」
「まあ、そんなに嫌がるなよ。ちょっとした旅行だと思ってればいいし、何より地元の名産品食い放題だぞ?」
「食い放題…」
「(苦笑)OKだな?」
「…わかったよ。但し、"食い放題"だけは忘れるなよ!」
「はいはい…」





ちょっとした出来心だった。
別に七地がどうしても参加しなければならない理由なんてない。

あんたと一緒なら楽しいかもしれないと思ったから。

年相応の顔を隠して、宗主としての仮面を被っている意味は理解している。
俺が一党の長として存在できる意味も。
ただ…時々息苦しくなるんだ。

『俺はここにいてもいいのか』と。

自分の存在意義を見出す事が出来ない。
宗主としてではない…ただの"布椎闇己"としての意味。



迷い、己の中の闇に捕われそうになる…そんな時に差し込む一条の光。
紛れもない、あんたの視線。

何も言わない。何も聞かない。
ただ、底知れぬ慈愛を含んだ眼差しで、俺を…見てくれる。
17歳の等身大の俺を。

それが俺にとってどれ程の救いになっているのか、あんたは知る由もなく。



出逢った時からそうだった。
澄んだ瞳に…惹かれてた。

目を逸らす事なく真っ直ぐに注がれる視線に…何時の間にか恋焦がれてた。
気付いた時には遅すぎて、持て余した感情は出口のない部屋に取り残されたまま。



変わっていく自分。
誰かに執着を持つという事自体が信じられない奇跡。
求める心と押さえ込もうとする力のアンバランスさ。
…見逃される筈もなく。

ちょっと困ったような顔をして、少し遠くから俺を眺めてる。
微量の憐れみを含んだ瞳…ただ、それだけ。



他愛もないあんたの行動の1つ1つが愛しくて、哀しかった。
すれ違う想いが…目に見えていたからか。



それでもいい。
友としてでも側にある事を許されるのなら…。
無理矢理言い聞かせる。










「…しゅ…宗主!」
「あ?何でしょうか?」


何時の間にか思考の渦に飲まれていたようだ。
我に返り、慌てて宗主の仮面を被る。

適当に相槌を打ちながら集まる義縁者達の相手をする。
それも俺の役目。



会場を一周した頃になって、やっと一息つく事が出来た。
七地の姿を探すが…まだ戻ってきていないようだ。

身近にいた義縁者に行方を尋ねると、裏手のテラスへ行ったらしいとの事。
簡単に礼を言い、そのまま七地の元へと向かった。










春まだ遠い3月の夜。
吹き抜ける北風は身を切るようだった。

雲ひとつない夜空には、我が物顔で輝く月。
煌煌と照らし出されたテラスの隅、備え付けのベンチにちょこんと腰掛ける七地を発見した。



何か…違う。
いつも纏っている柔らかな気配は影を潜め、哀しげに曇っている。
虚ろな視線は月に注がれているが…何も見止めていない。

俺の知らない七地の姿だった。



近づくのが躊躇われる。
2人の距離は10メートルにも満たないと言うのに。

理解していても…求める心。

視界に入らないよう、ゆっくりと背中越しに近づいていく。
亀の歩並にジリジリと縮まる距離。



あと半分…そう思った時だった。 風に乗って聞こえてきたのは、七地の歌声。

俺と一緒の時にも、よく無意識に口ずさんでいたその歌は…


『…If I only could be strong . and say the words I feel…』
(私が一番欲しいのは…想いを言葉にする、勇気1つだけ…)



あんたに…言いたかった。
いつも口唇の端まで込み上げてくる言葉があった。

だけど…

言えなかった。
恐かった。

あんたに受け入れてもらえなかった時の恐怖と喪失感に怯えてた。

他愛もない話ならいくらでも出来るのに…

「好きだ」


たった一言が言葉にならない。

あんたの事をもっと知りたい。
あんたに俺の事をもっと知ってもらいたい。

話したい事は尽きないのに…勇気が…持てなかったんだ。



想いを伝えるのに"言葉はいらない"という人もいる。

でも…俺が一番欲しいのは…










「こんな寒い所で…あんた俺よりひ弱なんだからさ…」
「闇己君?」


声に反応して振り返る七地。
月明かりに照らされた横顔は、寒さに凍えているように見えた。
白を通り越した青白さ。

ゆっくりと手を延ばし、頬にそっと手を添える。


「凍えてる…」
「大丈夫。酔い覚まししてただけだからさ…」


柔らかく微笑む姿は、何故か消えてしまいそうに儚くて。
思わず胸に抱きこんでしまった。


「あんた…消えちゃいそうだよ…」
「何…言ってるんだか。俺はここにいるよ?」


嫌がるそぶりもなく、自然俺の背中に回される腕。


「広い背中…いつの間にこんなに大きくなったんだい?」
「出逢った頃はあんたより小さかったよな」
「そう…気が付いたらあっという間に背は越されて…大人になっていくんだね」
「ああ…」


確信めいた七地の呟き。
"大人になっていく"…その言葉の真意は?


「放さない…俺の前から消える事なんか許さない…」
「くら…き…くん?」


大きく見開かれた視線に貫かれる。
たった一言…それだけで…





「あんたが…好きだ…」





抱き締めた腕に力を込める。
注がれ続ける強い視線にいたたまれず、七地の髪に顔を埋めた。


「…困ったね…」


回されていた腕が解かれた。
わかっていたつもりなのに…正直キツイ。


「それでも…放さない、手放せないから…」
「先、越されちゃったみたいだな…」
「え?」


慌てて七地の顔を見つめると…苦笑。


「年上の甲斐性見せようと思ってたのに…やっぱり君には敵わないね」
「七地?」


今度は俺が尋ねる番。
それって…


「これが答えだよ…」





そっと触れた口唇…一瞬の出来事。





「そろそろ戻ろうか?主賓がいないって中じゃ大変な事になってるかもしれないからね。俺もいい加減凍っちゃいそうだし」


呆然とする俺に余裕の笑みを零し、腕の中から擦り抜ける。


「行こう?」


差し出された指。


「掴んでも…いいのか?」
「当たり前。ほら、行くよ!」
「…了解」





確りと繋がれた指。
持て余してた心が満たされた瞬間。

あんたが…勇気をくれたから。





Fin.






<chapunのコメント>
突発的発作第二弾!(殴)
裏創作が不発続きで腐りかけてたんで(涙)現実逃避してみました。(汗)
別名「たった一言シリーズ」とも言う。(トホホ)

このSSのタイトル&イメージも大好きな曲から拝借しました。(苦笑)
「知る人ぞ知る?!」な曲かな?(ゲーマーさんならわかる筈^^;)

原曲は英語なんですが、訳がスゴーっく闇己っぽかったんですよv
口下手で、言いたい事の十分の一も言えないところとか。(笑)

ちょっと大人ちっくな七地を書きたかったってのもあるかと。
拙宅の七地って女の子チックでお子ちゃまばかりなんで。(汗)
時には「年上らしい余裕をかます七地!」を拝みたくなりました。 こんな2人もあり?!って事で見逃してくださいませ。m(_ _)m

結局、言葉にしなくても繋がってるって事なのか?(自爆)←またかよ…。

次こそどれかの裏UPじゃぁぁぁぁぁぁ!!!(逝って来い!)




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