白昼夢(はくちゅうむ)
- 故郷 - |
「相変わらずここは涼しいな」 木立を駆け抜ける爽やかな風が、嫌でも東京との違いを思い出させる。 維鉄谷の本宅より少し手前で車を降り、散歩がてら歩く道。 「ほんとだね。おれ、夏に維鉄谷に来るのは初めてだから…とても過しやすいな」 新鮮な空気を目一杯吸い込みながら、鮮やかな笑顔を惜しげもなく零す…愛しい人。 年中行事の為維鉄谷に戻る事は前々から決まっていた。 出来る事なら訪れたくない場所…自分の故郷だというのに今の俺にはそういう捕らえ方しか出来ずにいる。 どう思考を逸らしても辿り着いてしまう…忌々しい過去。 それでも"宗主"として、"巫覡"として果たすべき役割がある以上避けては通れないのだ。 そんな俺の葛藤を知っているから…あんたは嬉しい申し出をしてくれた。 「…は?今更そんな事言うのか?」 「うん。丁度その時期にはおれもバイトの休みが取れそうだからね」 「でも…あんた、"出来るだけ一党の行事には参加したくない"って散々言ってただろ?」 「…そうだっけ?まぁ、いいじゃないか!"夏の維鉄谷"を堪能してみたいし。それに…」 「それに?」 「…君と一緒に旅行できるんだしさ。あっ!迷惑だった?おれ、自分の事しか考えてなくって…」 「…迷惑な訳ないだろ。つまらん事考えるなよ…」 丁度一月前のやり取り。 本当は「堅苦しいのは苦手だし、不釣合いだから」と言って、"鍛治師"の癖に一党の行事には悉く不参加だったあんた。 敢えて口にはしないが"俺の為なんだな…"という想いが伝わってきて胸が一杯になる。 実際あんたと一緒に帰って来れたお蔭で、俺は息苦しさを感じていない。 あんたが注いでくれる温かな光が、少しずつ凍てついた俺の心を溶かしてくれるから…。 「あ、蝶だ!凄く綺麗な羽…」 俺より五歳も年上だというのに、こういう所は異様に子供っぽい。 抱えていた荷物を放り出し、逃げていく蝶を追い始めてしまう。 諦めて荷物の上に腰を降ろした。 「あまり遠くへ行くなよ」 保護者のような口ぶりになってしまう自分がおかしくて、思わず頬笑んでしまった。 いつからだろう?…こんな風に自然に笑う事が出来る様になったのは。 確かに幼い頃は父の背中を追いかけては、寧子とからかいあっては笑っていたと思う。 …そうか。「何時の間に思い出したんだ?」の方が正しいんだ。 夏の空の下、蝶と戯れる七地の姿…初めて見る情景の筈なのに、何だか…懐かしい。 初めてじゃない気がしている。 懐かしいが故に愛しくて…気が付くと目頭が熱くなっていた。 慌てて閉じた目蓋の裏側。 目を閉じているのに、鮮やかに浮かぶ七地の微笑みと風景。 余りにも違和感がない。 「そうだ…。あんたがいるなら、そこは俺の故郷(ふるさと)になるんだ…」 納得のいく答えが見つけ出せた喜びで、零してしまった涙も気にならなかった。 宗主という冠を意識し始めた瞬間から、ここは俺の故郷ではなかったのかもしれない。 心から笑う事も声をあげて泣く事も忘れた。 ひたすらに"一党の悲願の為の場所"と位置付けていた。 でも、あんたと一緒なら違う。 あんたがいれば声を出して笑う事も、誰に憚る事なく泣く事もできるから。 心を隠すことなく、ありのままの俺でいられる…俺の故郷。 じゃ、何故こんなにも哀しいのか? 新たな事実を見つけて喜びこそすれ悲しむ事なんかない筈なのに… 「二度と…戻る事の出来ない日々があるからか……」 「闇己君、どうしたの?炎天下で随分と待たせちゃったから気分でも悪くなっちゃった?」 その声で我に返る。 何時の間にか七地が不安そうな顔で俺を覗き込んでいた。 「大丈夫だ…あんたがいるから」 俺の言葉に納得がいかないのか、まだ表情は曇っている。 本当にあんたがいてくれれば、俺にも"故郷"ができるのだから…。 「寧子が待ってる。随分と蝶と遊んでいたみたいだな。お小言の1つも覚悟しておけよ?」 照れ隠しに呟くと、「うひゃ!マズイよね〜。急がないと!!」なんて言いながら慌てて荷物を抱えなおしてる。 本家へと向かう足取りは、二人とも自然と小走りになった。 白昼夢のように美しい情景。 踊るように飛び立つ美しい蝶は、まるで七地のようだ。 今はまだ俺の元で輝く羽をたなびかせ、温かい光を与えてくれる。 でも、いつかは…飛び立っていってしまうかもしれない。 それでも、俺に故郷を与えてくれるのは七地だけだから。 そこだけが…俺の帰る場所。 もう少しだけ、いつ消えるともわからない夢を見させて……。 終わり
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chapunから 砂吐き甘甘第2弾!!闇己バージョンになる予定でした。(苦笑) どうしてこんな話になったんだ?何時の間にか切ない系に摩り替わってるし。 己の技量の低さが原因です(泣)。 大好きな歌からインスピレーションを受けたので、「八雲の神様?」もすぐに降りてきてくれました! 感想・苦情は足跡か電信からどうぞ! |