いつもと変わらない。 整然と片付けられた部屋、生活臭がしないのもいつもと同じ。 強いて挙げるのなら… 普段なら間違っても見られないであろうモノが、リビングのテーブル上に転がっているだけ。 "やっぱりね…" 落胆の色を気取られないよう出来るだけ平静を装いつつ、いつもより大きめの荷物を抱えて部屋へと入る。 定位置となっている椅子に腰を降ろし、足元に荷物を置いた。 「何か飲むか?」 「…」 「おい?何か飲むかって聞いてるんだぞ?」 目の前に美しい彼の顔が迫って来て、やっと我に返った。 「うわぁ!ご、ごめん…。コーヒーお願いします…」 「ああ…」 訝しげに俺を見つつも、素直にキッチンへと向かっていく君。 駄目だ…どうしても考えてしまう。 だって…今日は2月14日だから。 世間一般の常識に疎い君でも、毎年この時期だけは決して忘れる事のない日。 学校から帰ってくると、うんざりしながら両手に抱えて持ってくるもの…言わずと知れた大量のチョコレートだ。 去年の今頃は"闇己君に想いを馳せている女の子のみんな、ゴメンナサイ!"と心の中で謝罪しつつご相伴に預かっていたんだからさ。 でも…今年は? 今年も君にとってはいつもと変わらない、単に"煩わしい1日"なのかな? 初めて君と迎えるバレンタイン。 一般的にこの国では『女の子が好きな人にチョコレートと想いを送る日』だけどさ、海外では『男性が愛する人に花を贈る日』なんだって。 本来の意味ならば…別に問題ないと思う。 大切な人に、大好きな人に日頃の感謝と想いを改めて伝える日であってもね。 だから…準備してきたんだよ? 甘いものが苦手な君でも大丈夫なモノを。 一生懸命考えて、上手く作れるように何回も練習してさ。 だけど、至って普段と変わらない日常風景。 余りに変わらなすぎて、正直がっかりとも寂しいとも言える気持ちで一杯だった。 期待していなかった…いや、思い切り期待してたのに。(苦笑) そうだよね。 俺達『男同士』だし、やっぱり世間一般の常識とは違うんだよね…。 目の前に置かれた見慣れた箱。 無意識に手にとり、パッケージを開ける。 小分けにされた包装を破り、1本取り出して食べた。 「これって…いつでも美味しいんだな…」 行儀が悪いとか怒られそうだけど、そんな事どうでもいいもんね。 手で持たず口に咥えたまま、ポリポリと食べるのが1番美味しいんだから。 ちょっと不貞腐れながらも、ひたすら食べつづける。 プレッツェルの部分だけ先に食べてみたり、チョコレートの部分だけ先に歯で削ってから食べてみたり。 1人残されたリビングにポリポリという咀嚼音だけが響いていた。 最後の1本を咥えた所で、マグカップを持った彼が戻ってきた。 ポリポリと音を立て始めた時… 「これ、美味いのか?」 そう言ってプレッツェルの先端からいきなり食べ始めた。 チョコレートの方の先端は勿論俺の口に入っている訳で…。 ポリ…ポリ…ポリ… 口唇に触れた瞬間、顎を掴まれて思い切りのけぞってしまった。 開いてしまった口に忍び込む舌が、チョコレートに満たされた咥内を丁寧になぞっていく。 歯列を辿り、甘さを堪能するように…。 絡め取られた舌が水音を立てる。 身体中が総毛立ち、芯から熱を灯し出した頃になってようやく解放された。 「………いきなり何するんだよ!!この盛りのついた犬!!」 我に返った途端、思い切り彼の頭をグーで殴りつけた。 人がどんな思いでいたのか?全く意に介していない風な様子に、とうとう我慢の限界がきてしまったようだ。 「それはこっちの科白だ。ったく力任せに殴りやがって…。あんたからチョコレートもらっただけだろうが」 殴られた場所をさすりながら恨めしそうな視線を送る君。 「今…何て言ったの?」 「だから、"あんたからチョコレートもらっただけだろうが"って言ったんだよっ」 今度は彼が不貞腐れる番らしい。 それって、それって… 「もしかして…このポッキー、俺に?」 「…もしかしなくてもそうだろ?俺がこんなもの食うか?」 ………信じられない。(苦笑) 床に座り込んだまま俯いてしまった彼の横に腰を降ろし、顔をこちらに向けさせる。 「これってバレンタインのチョコなんだよね?(笑)」 「…そうだよ。色気なくて悪かったな」 余程この告白が恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤にしている。 俺のバッグの中には大抵ポッキーが入っている。 男のくせに甘い物に目がない俺にとって、手放せないお菓子。 口寂しい時や手持ち無沙汰な時、ついついポリポリと食べてしまうのだ。 それを知っているからこそなんだよね? 見つけたら食べずにはいられない中毒のような俺。(苦笑) だから…。 「ありがとう…俺、無茶苦茶嬉しいかも」 「何言ってるんだか。人の事思い切り殴っておいて」 「だって、余りにも遠回しなんだもん。いきなり理解しろって方が無理だって」 「良く言うよ…」 互いの顔を見合わせながら苦笑する。 でも…ちょっと待てよ? 「あのさ…"あんたからチョコレート貰った"って言ったよね?」 「ああ。それが?」 「俺、別に用意してきたんだけど…ま、いっか?」 「後で存分に堪能させてもらう。だから…」 「だから?」 真っ直ぐに見つめる視線に気恥ずかしさを覚えてしまう。 余りに綺麗な漆黒の瞳に吸い込まれそうになるから。 「もう少しだけ…」 静かに瞳を閉じる。 熱を持った口唇がゆっくりと重ねられた。 相手は君だから、やっぱり一筋縄ではいかないね。 その分味わえる幸福感は格別なんだけどさ。(苦笑) "せめて来年は…もう少しわかり易いチョコレートにしてね?" 心の中で何度か呟いてみた。 To Be Continued …Next Year.
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<chapunのコメント> 短いねぇ…。(吐血) ま、今回は雰囲気だけ楽しんでもらえればと思ったのですが…。(殴) 結局七地の用意したチョコを、この後闇己は食べたのか? 解答必要でしょうか?(苦笑) 気合が残っていたら近日中にでも『裏』部屋に答えが出るかも?(苦笑) 皆様にとってもこのバレンタインがSweetでありますように♪ |