■ Chocola×Chocola ■
- 闇己編 - 





いつもと変わらない。
整然と片付けられた部屋、生活臭がしないのもいつもと同じ。




強いて挙げるのなら…

普段なら間違っても見られないであろうモノが、
リビングのテーブル上に転がっているだけ。






"これでいいんだよな?"








無理矢理自分に言い聞かせながら、平静を装いつつ七地を部屋に通す。

いつもの定位置に腰を下ろすと、
そのままボーっと黙り込んでしまった。








「何か飲むか?」

「………」






「おい? 何か飲むかって聞いてるんだぞ?」







目の前まで顔を寄せてやっと我に返ったようだ。






「うわぁ!ご、ごめん…。コーヒーお願いします…」




「ああ…」






何を考えているんだか…
どうせろくでもない事に頭を悩ませているに違いない。(苦笑)


訝しげに眺めつつも、素直にキッチンへと向かった。












今日は2月14日。

世に言う「バレンタイン」というイベントの日。


世間一般の常識に疎い俺でも、
毎年この時期だけは決して忘れる事のない日。


学校から帰ってくると、
うんざりしながら両手に抱えて持ってくるもの

…言わずと知れた大量のチョコレートだ。





去年の今頃…処理に困っていた俺は七地を呼びつけ、
無理矢理食べさせたんだっけ。






でも…今年は?












今年はちょっと違う。

単に"煩わしい1日"ではないのだ。




初めてあんたと迎えるバレンタイン。




一般的にこの国では

『女の子が好きな人にチョコレートと想いを送る日』
or
『菓子屋の計略に唆される日』、
海外では 『男性が愛する人に花を贈る日』らしい。





本来の意味ならば…別に問題ないと思う。

大切な人に、
愛する人に日頃の感謝と想いを改めて伝える日であっても。








だから…一応準備してみた。





甘いものが大好きなあんたが1番好きそうな物を。
色々考えて考えた挙句の代物。





だが、至って普段と変わらない日常風景。
余りに変わらなすぎて、気付かれていないらしい。


余りにも遠回しすぎたか?(苦笑)







それとも…あんたにとってはただの「バレンタイン」でしかないのか。

所詮『男同士』。
世間一般の常識とは違うと言う事か…。









ドリップしたてのコーヒーを使いなれたカップに注ぐ。


紅いのは七地、青いのは俺。










"クリスマスプレゼント"と照れ臭そうに渡された。
















「結構イベント物には煩い筈なんだけどな?」









馨しい香がカップから立ち上る。


七地用にミルクとスティックシュガーを用意し、
マグカップと共にキッチンを後にする。






ポリポリと小気味良い音を立てながら用意しておいた品を食べる七地。
プレッツェルの部分だけ先に食べてみたり、
チョコレートの部分だけ先に歯で削ってから食べてみたり。



1人残されたリビングにポリポリという咀嚼音だけが響いていた。





しばらく様子を眺めていたが、
最後の1本を咥えた所で慌てて七地の元へと歩み寄る。



ポリポリと音を立て始めた時…








「これ、美味いのか?」










そう言ってプレッツェルの先端に噛り付く。








チョコレートの方の先端は勿論七地の口に入っている…。





















ポリ…ポリ…ポリ…






















口唇に触れた瞬間、
顎を掴んで思い切りのけぞらせる。









開いた口に忍び込ませた舌が、
チョコレートに満たされた咥内を丁寧になぞっていく。


歯列を辿り、甘さを堪能するように…。






絡め取った舌が水音を立てる。









夢中になり始めたが…間一髪で理性を取り戻し、解放する。










「………いきなり何するんだよ!!この盛りのついた犬!!」










しばらく夢うつつの状態でいたが、
我に返った途端思い切り俺の頭をグーで殴りつけた。








なんなんだ?一体全体…。
納得いかずに反論を試みる。

「それはこっちの科白だ。ったく力任せに殴りやがって…。あんたからチョコレートもらっただけだろうが」






殴られた場所をさすりながら恨めしそうに視線を送ってみる。





「今…何て言ったの?」

「だから、"あんたからチョコレートもらっただけだろうが"って言ったんだよっ」










ここまで言わないと判らんのか…思わず不貞腐れてしまった。
いつも人に向かって"君は鈍い!"とさんざん言うくせに。





「もしかして…このポッキー、俺に?」

「…もしかしなくてもそうだろ?俺がこんなもの食うか?」


驚きの表情に変わる七地。やっと理解したのか…。(苦笑)










床に座り込んだまま俯いた俺の横に腰を降ろし、
顔を自分に向けさせる。





「これってバレンタインのチョコなんだよね?(笑)」
「…そうだよ。色気なくて悪かったな」








ここまで言わせるのか…羞恥心に身体中が包まれた。









七地のバッグの中には大抵ポッキーが入っている。


男のくせに甘い物に目がないあいつにとって、
手放せないお菓子らしい。

口寂しい時や手持ち無沙汰な時、
いつもポリポリと食べているから。

それを知っているからこそなんだけどな。


見つけたら食べずにはいられない中毒のようなあいつ。(苦笑)





だから…。














「ありがとう…俺、無茶苦茶嬉しいかも」

「何言ってるんだか。人の事思い切り殴っておいて」

「だって、余りにも遠回しなんだもん。いきなり理解しろって方が無理だって」




「良く言うよ…」







互いの顔を見合わせながら微笑する。








しかしすぐに表情を曇らせた。





「あのさ…"あんたからチョコレート貰った"って言ったよね?」

「ああ。それが?」

「俺、別に用意してきたんだけど…ま、いっか?」








「後で存分に堪能させてもらう。だから…」









「だから?」











真っ直ぐに見つめる視線に目を逸らす。




いつもそうだ。



照れ臭くて真っ直ぐに見つめてくれない事など百も承知。

だからこそ切り出せる…とも言えるか。(苦笑)











「もう少しだけ…」







静かに瞳を閉じる。


熱を持った口唇をゆっくりと重ねた。











相手はあんただから、
やっぱり一筋縄ではいかないか。


その分味わえる幸福感は格別なんだけどな。










"来年は…もう少し早く気づけよ?"









心の中で何度か呟いてみた。













To Be Continued …Next Year.


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